見上愛、上坂樹里がW主演を務める連続テレビ小説『風、薫る』は、田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社、2023年)を原案としたオリジナル作品。激動の明治、看護の世界に飛び込んだ二人の”トレインドナース”を描く本作において、第4週「私たちのソサイエティ」で注目するのは、小日向栄介/寛太役の藤原季節だ。
「気づいた方はすごい」公式SNSが明かした寛太初登場シーン
爽やかで健全な朝の時間帯に、地上波テレビで毎日、藤原季節を見られる。しかも、朝ドラで──。そう楽しみに思っていたら、登場したのはまさかの海軍中尉の好青年・小日向栄介役だった。
第13話(4月15日放送)、主人公の一人・大家直美(上坂)は、旗本の娘と身分を偽って大山捨松(多部未華子)に接近、「まっとうな結婚」をするため鹿鳴館にメイドとして潜り込む。そこで出会った小日向にすぐに交際を申し込まれ、2度目のデートでその申し出を受け入れた。決め手となったのは、痩せた盗人の少年をかばい、追っ手に違う道を教えた小日向の優しさだった。
しかしながら、藤原季節をもってして「好青年の軍人」で終わるわけがないだろう。通行証がないと言い訳して直美に手引きしてもらうなど、何かと怪しいと思ったら、やはり。その正体が明らかになるのは、第4週水曜の第18話(22日放送)である。
直美は街中で女性連れの小日向を見かける。しかし、いつもと違った着流しに眼鏡、くるくるヘアの「別人」の様子。「欣二」と呼ばれるその男は、女性のヒモらしい。不意に近づいた直美に声をかけられると、一瞬間をおいてニヤリ。そこから団子屋で、小日向とも欣二とも違う、ある種の開き直りと開放感の伴う表情を見せる。
男は自身が詐欺師であるだけに、直美が旗本の娘ではないことも見抜いていた。言い訳をするどころか、直美に嘘のつき方を指南するふてぶてしさである。しばらく食いつなげるなら、相手は金持ちのおばさまでも誰でも良かったと言い、「警察呼ぶなら、俺もあんたのこと話すよ」と言ってのける。
直美が「あんたみたいなクズがいるから、親のいない子が石投げられんのよ。見下されんのよ」と憤ると、男は一瞬表情を曇らせて「え、直美さんも親いないの?」と言い、鹿鳴館のメイドになったことを「頑張ったね」「せっかく軍人さんと結婚できると思ったのに」と労ってみせる。しかし、この国を出てどこか違う国に行ってみたいと言ったのは本当だと言い、本名「寛太」を名乗る。直美のかんざしに触れつつ、直美から本名も親の顔も知らないことを聞くと、「次はどっかの華族の坊ちゃんでもつかまえな」と、懐の財布を投げ捨てて去っていく。
嫌なヤツ──なのに、ズルさとふてぶてしさの中にチラリと愛嬌やどこか可愛さまで見えて、なんて魅力的なんだろう。しかも、はからずもこの詐欺師・寛太との出会いが、偽りだらけだった直美を自身と向き合わせ、トレインドナースに向かうきっかけとなるのだ。
ちなみに藤原の実質的な初登場は、第4週月曜の第16話(20日放送)ラスト、占い師・真風(研ナオコ)の前を着物姿で一瞬通り過ぎる場面にある。『風、薫る』公式インスタグラムは藤原のクランクインがこの寛太シーンからだったと明かし、「気づいた方はすごいです」と投稿した。小日向として出ていた”同一人物”だとは、多くの視聴者に見抜かれなかったということだ。

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異なる味わいを同時に楽しめる「春の藤原季節まつり」
ここに至るまで藤原の登場回数・出演時間はわずか。にもかかわらず、表情も仕草も声色も変え、別人の顔を見せ、挙句、本人・寛太の悪いヤツだが自然体の姿で、視聴者の心を奪っていく。優しさと繊細さ、こじらせた面倒くささ、荒っぽさ、熱さ──藤原はこれらの質感を、同じ身体から自在に操ってみせる俳優だ。
その引き出しは、これまで数々の映画や舞台で培われてきた。今泉力哉監督映画『his』(2020)では、宮沢氷魚演じる井川迅の元恋人・日比野渚を演じ、別れて数年後に幼い娘を連れて再会する男として、繊細さと父としての優しさをたたえた表情を見せた。ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を同時受賞した主演作、内山拓也監督『佐々木、イン、マイマイン』(同)で見せたのは、俳優を志して上京したまま芽の出ぬ石井悠二の、鬱屈した思いと喪失感、そして「命」への憧憬。松居大悟監督『くれなずめ』(21)では、夢を捨てて現実に生きながらも、夢を追い続ける友人たちに苛立ちや嫉妬を滲ませる後輩・田島大成を演じた。
テレビドラマではNHK出演作が多いが、奇しくもこの春は、『ちるらん 新撰組鎮魂歌』「江戸青春篇」(TBS系、3月末2夜連続/続編「京都決戦篇」はU-NEXT独占配信中)で、銀髪を三つ編みにしたタンクトップ姿の一匹狼・斉藤一役を、熱さと殺陣の身ごなしで演じ、4月18日スタートの『まぐだら屋のマリア』(NHK総合・土曜ドラマ、尾野真千子とW主演)では、後輩の死をきっかけに自責にさいなまれ、死に場所を求めて北の漁村にたどり着く料理人・及川紫紋を演じている。そして3月末からの本作へ──まったく異なる味わいを同時に楽しめる「春の藤原季節まつり」が起こっている。
ご本人は映画愛が非常に強く、各地のミニシアターに舞台挨拶にまわっており、SNSでも純粋で熱い映画愛ほとばしる投稿が目立つ。
噛めば噛むほど味わいが出る──そんな藤原を朝ドラに呼び寄せたこと自体が、制作陣の慧眼だ。小日向の爽やかさも、欣二の身軽な毒も、寛太のふてぶてしさの奥にふと覗く優しさも、すべて同じ身体から立ち上がる。そしてその二重三重の顔の奥で交わされた短い会話こそが、偽りを生きてきた直美を一歩踏み出させた。偽物の顔の奥に、自分と向き合うきっかけを渡してくる男──風が強く吹くのは、そんな場所なのかもしれない。

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