『最後の猿まわし』(みすず書房) - 著者: 馬 宏傑 - 長谷部 浩による書評

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最後の猿まわし
『最後の猿まわし』(みすず書房)著者:馬 宏傑

滅びつつある伝統の至芸

中国の写真記者によるルポルタージュの傑作を読んだ。著者が深く関わったのは、河南省南陽(ナンヤン)市新野(シンイエ)県の猿まわしを生業とする芸人である。肥沃(ひよく)とはいえぬ土地の人々は、収穫期をのぞく一年の大半、流浪の旅を送ってきた。一か八か、多額の金を得る夢を追って、猿に芸を仕込み、高祖父の時代から、遠くは、ミャンマーや内モンゴル、チベットにも旅を続けてきた。

二〇〇二年に著者は、鮑湾(バオワン)村の楊林貴(ヤンリングイ)一座の旅に同行する。彼が見たのは、当局の管理が進み、興行もままならない旅芸人の現実だった。宿泊も食事もきわめて貧しい。移動も列車に不法乗車する。襄陽(シアンヤン)の鉄道操車場で不法乗車を試みる件(くだ)りに緊迫感がある。一座に従い、無蓋(むがい)列車に乗り込むが、初めての経験に心臓が早鐘を打つ。「誰だ」との声に怯(おび)え、二十分ほど待つと、列車はガタンと動き出した。このとき取材者は、旅の芸人たちとひとつになった。

猿にも様々(さまざま)な芸境がある。猿まわしには「正戯(芝居)」と「雑戯(曲芸)」があり、猿がお面をつけるかどうかで区別される。京劇の俳優にならってか、猿も役柄に応じた面をつける。「面咬(か)み」といって、お面の裏についている横木を咬んで演じるという。

前口上が始まる。「ヘイー/小猿は出づる四川から、出づるは四川の峨眉山なり」。先祖代々伝わった歌詞である。口上を結ぶと、猿は自ら道具を収めた箱に向かって、帽子とお面をつけた。滅びつつある芸だろう。猿は楊らにとって貴重な財産であるとともに、家族の一員でもある。猿が歩かなくなると「一日中仕事をして、疲れたんだろう」。楊は猿たちを肩に乗せて、慈しみ、歩き始めた。「まるで我が子のように接している」

著者が管理社会に怒り、告発を続けているのは、楊らの猿に対する限りない愛情に打たれたからだ。「猿まわしの群像」は芸人の列伝。なかでも「喬梅亭(チアオメイティン)の人生」が涙を誘う。また著者は写真にもすぐれる。雪の降りかかるなか、深い絆で結ばれた猿を背にした表紙をはじめ、後の世に残したい記録を多数収録。永野智子の的確な翻訳を得た。
【初出メディア】
東京新聞 2023年4月15日/中日新聞:2023年4月16日

http://www.tokyo-np.co.jp/
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