動物の「怖いもの番付」の主役は、これまで捕食者だった
シカが逃げやすかったのは肉食のコヨーテより「野生化したブタ」の声だった / Credit:Canva動物が何を恐れているかは、わかりきったことのように思えます。
自分を食べる相手です。
しかも捕食者が獲物に与える打撃は、実際に捕まえて食べた分だけではありません。
危険を感じた獲物は、危なそうな場所を避け、食事を切り上げ、頭を上げて見張る時間を増やします。
そのぶん食べる量が減り、生きのびることも子を育てることも難しくなります。
捕食者は、獲物を食べなくても、怖がらせるだけで獲物の暮らしを削っているのです。
この見方は「恐怖の生態学」と呼ばれ、肉食獣の声をスピーカーで流すだけで草食動物が食事をやめて逃げ出すことが、各地の実験で確かめられてきました。
姿を見せずに効く“怖さ” / 左から右へ、声を聞いた獲物に起きる変化を順にたどっています。どの変化も食べる時間を削る向きに働き、最後は暮らしそのものにはね返ります。/ Credit:川勝康弘そこで研究者たちは、どの相手の声が動物をいちばん逃げ出させるのかを比べてきました。
いわば「怖いもの番付」づくりです。
たとえば南アフリカのサバンナでは、ライオンのうなり声より人間の話し声のほうが、多くの動物を水場から逃げ出させました。
狩りで大量の動物を殺す人間は、いまや「スーパー捕食者」とも呼ばれています。
つまり「怖いもの番付」は、これまで主に「誰に殺されるか」という物差しで作られてきたということです。
餌を奪い合うだけのライバルは、調べた研究すらごくわずかで、番付の土俵にほとんど上がっていなかったのです。
番付に並んできたのは、命を奪う側 / 左の板は、南アフリカのサバンナで行われた実験を例にしたもの。意外にも肉食獣よりも人間の声のほうが恐れられています。/ Credit:川勝康弘(例はZanette et al., Current Biology (2023)より)ただ、食事中の動物を悩ませる相手は、捕食者だけではありません。
同じものを食べる競争相手もいます。
競争相手は、餌を先に食べてしまうだけでなく、餌場に乗り込んできて、こちらを押しのけることもあります。
このとき奪われるのは、食べ物というより、食べている「席」のほうです。
命は無事でも、その場の食事はおしまいになります。
2つの“怖い相手” / 左がシカの命を狙う捕食者、右がシカの食卓に割り込む競争相手で、今回の研究ではブタをこの役として比べています。右の矢印は、ブタが入ってきた餌場からシカが追い出される様子を表しています。/ Credit:川勝康弘今回の舞台となったテキサス州東部の森には、その両方がそろっていました。
一方は、この森でいちばんの捕食者で、大人のオジロジカも子ジカも襲うコヨーテです。
もう一方は、人が持ち込んだブタやイノシシが野に広がった外来種、「野生化したブタ」です。
ブタはもともとイノシシを家畜にしたもので、生物としては日本の山にいるイノシシと同じ種にあたります。
食べるものも暮らす場所もシカと重なり、ドングリの前からシカを荒々しく追い払う姿も報告されています。
大人のシカを調べた今回の研究で、ブタは捕食者ではなく、食卓を争う競争相手として比べられています。
命を狙う相手と、食卓を奪う相手。
これまでの番付の物差しに従えば、シカがより強く逃げ出すのは、コヨーテの声のはずです。
研究チーム自身も、実験の前にそう予想していました。






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