カンテレ・フジテレビ系月曜夜10時のドラマ『銀河の一票』(脚本・蛭田直美、プロデュース・佐野亜裕美)は、政治家秘書を解雇された星野茉莉(黒木華)が、スナックのママ・月岡あかり(野呂佳代)を東京都知事選に担ぎ出す「選挙エンターテインメント」だ。
茉莉はかつて「簡単だよね、国民って」と内心で冷笑していた政治のプロ。あかりは政治に縁のなかった生活者。その正反対の二人が「チームあかり」を組み、50日間の都知事選に挑む。政治を生活の手触りで描く濃密な作品で、今期屈指の完成度を誇る。その第8話を観終えた今、現実の選挙の話を少し書かせてほしい。
『週刊文春』(文藝春秋)が報じた高市早苗陣営による誹謗中傷動画問題では、実名の証人が相次ぎ名乗り出ている(陣営側は否定)。選挙ドットコムのデータによれば、特定候補へのネガティブ動画が集中的に拡散されていたことも明らかになった。兵庫県知事選での立花孝志氏による「二馬力選挙」や、誹謗中傷によって県民局長が命を落としたこともある。
一方で「オールドメディア」という言葉で既存報道機関を腐した候補者や、選挙カーでの街宣をしないという「新しい政治」を掲げて躍進した政治家たちが、国会開会から10分も経たずに離席し、議論を聞かずに賛否投票だけ行ったことをSNSで暴露された。都知事選で善戦した元安芸高田市長は恋愛リアリティシミュレーション番組に出演し、「困らないですもん正直。東京がどうなろうと、日本がどうなろうと」と発言した。選挙がビジネスに利用され、おもちゃにされている。
『銀河の一票』が立つ「現実と地続きの場所」
私事で恐縮だが、先の都知事選で初めて選対事務所のボランティアに参加したことがある。
支持政党も支持する政治家もいない。「どこに入れても結局何も変わらない」とちょっと前まで思っていた。しかし、多くの反対の声がある中で都庁のプロジェクションマッピングやお台場の噴水ショーに税金が大量に注がれ続ける一方、公園や緑道の樹木は伐採され続けていることにNOを表明したくて、その声に耳を傾けてくれそうな候補者の応援に向かった。
実際に選対事務所に行ってみると、ボランティアはごくわずかだった。渡された名簿を片手に1軒1軒電話をかけたが、半数以上、紙によっては9割以上が現在使用されていない番号だった。ようやくつながっても用件を聞いてもらえず、ガチャ切りされるだけ。驚くほど真っ当で正攻法の選挙運動を目の前にしながら、「これで本当に意味があるのか」と思わずにいられなかった。
生まれて初めてデモにも行った。戦争反対・護憲のデモだ。そこで隣に立った20代の女性がつぶやいた。「本当はこんなところでこんな当たり前のこと叫びたくないよ。明日も朝早くから仕事だし。でも仕方ないじゃん」。その言葉が頭から離れない。
『銀河の一票』は、そんな現実と地続きの場所に立っている。
あかりそのものから生まれた物語
ドラマの中でも、資本力があるほう方が有利になる選挙の構造は繰り返し描かれる。
都知事選に出馬するだけで供託金300万円が必要で、法定選挙費用の上限は約1億円。都内1万4000カ所の掲示板を告示日当日に全制覇するには莫大な人手が必要で、1000万円投じて一気にポスター貼張りをする候補者もいる。金も人手も乏しいチームあかりは、そういう選挙と戦っている。
一方で、このドラマが描くもう一つの選挙戦術がある。嘘をつくのではなく、「順序を入れ替える」という手法だ。
あかりの知名度アップを図りたいる茉莉は暴露系YouTuber・白樺透(渡邊圭祐)と組み、“ぶつかりおじさん”をあかりが撃退するヤラセ動画を撮影しようとする。ところが現場に本物の当たり屋が現れ、さらにナイフを持った男が透を刺してパニックに陥る。あかりは男に向かって「都知事になるの! 話そう、聞かせて」と語りかけ、「頑張るから、作れるように」「生きててよかったって思える世界。あなたも、私も」と呼びかけた。
その一部始終がSNSで一気に拡散され、あかりは一躍注目の的に。計画は狂ったが、ナイフを持った男すら切り捨てず「生きてよかったと思える社会を作る」と呼びかけるあかりの姿が、社会を分断しないという政治家としての資質を図らずも証明した。
「事件の現場で市民に向き合ったスナックのママ」という物語は、作られたものではなく、あかりそのものから生まれた。
「政治は生活だよ」、ドラマの原点
出馬表明会見でも同じ構造が使われる。副知事3人を指名し、直後に透が「3人全員が幹事長・鷹臣(坂東彌十郎)に切り捨てられ政界を追われた人物」であることを暴露する──事実は変えず、提示の順序を設計することで「リベンジ劇」という物語を作り出す。茉莉や五十嵐、蛍が持ち込む選挙のノウハウがチームを駆動する一方、その戦術に血を通わせるのは、嘘をつけないあかりの実直さだ。
あかりはその会見で、副知事として茉莉、五十嵐(岩谷健司)、雲井蛍(シシド・カフカ)を指名すると宣言する。副知事4人のうち2人は都職員を指名するのが通例だが、あかりは言う。
「私が、私の不完全さを自覚しているからです。不完全な私でも、仲間のサポートにより、首都東京のリーダーになりうる。それこそが、私たちが都民のみなさまに届けたい希望であり安心です」
続いて語られた公約「8つの安心」は、強くあれと言わない。成長や前進を前面に掲げない。「明日を楽しみに安心して眠れる社会」「自分のことで精一杯にならなくていい、安心して誰かを思える社会」「つまずづいても、安心して休めて、また歩き出せる社会」──弱いままでいい、という宣言だ。
政治の素人だから出てくる言葉がある。茉莉が「貧困・低所得層など選挙で後回しにされがちな層は有権者の約24%を占めるが、その層向けの政策は公約の前面に出さないのが選挙の鉄則」と伝えると、あかりは問い返した。「その24%の人が全員投票してくれたら、勝てるんじゃ?」。詳しくないからこそ止まれる場所に、このドラマの核がある。
「政治は生活だよ」──佐野プロデューサーがロサンゼルスのホストファミリーから受け取ったその一言が、このドラマの原点にある。一人のカリスマが政治を変えてくれるという時代は終わっている。不完全さや失敗を持ち寄り補い合いながら、一人ひとりひとりが当事者として共に歩く──あかりの宣言は、その誠実な呼びかけだ。
ボランティアとして選挙事務所を訪れた人気声優への応援依頼、その結末はまだ描かれていない。選挙戦は続く。それでも第8話を観終えた時、あの選対事務所で真っ当な電話かけを続けていたボランティアたちのことを、そしてデモで隣に立ったあの女性のことを思い出した。仕方ないじゃん、と言いながら、今日も誰かが街頭に立っている。

4 週間前
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