鳥たちはご褒美なしでも99.9%が飛んでいた
鳥たちはご褒美なしでも99.9%が飛んでいた / Credit:Canva舞台となったのは、オランダのアルフェン・アン・デン・レインにあるアビファウナ鳥類公園です。
主役は、モモイロインコという名前のオウム。淡いピンクと灰色をまとった、オーストラリア原産の鳥です。
名前に「インコ」とついていますが、分類のうえではオウムの仲間です。
この公園には、毎日開かれるフリーフライトショーがあります。
午後1時40分、鳥小屋の扉が自動で開くと、鳥たちは池の上空へ飛び出し、両側に並んだ観客席の間を舞うのです。
ここで大事なのは、誰も鳥を追い立てないという点です。
扉は自動で開くだけで、飛び出したくない鳥は、そのまま小屋の中にいてもかまいません。
しかも小屋に残った鳥も、ショーが終わったあと、飛んだ鳥とまったく同じ食事をもらえます。飛んでも飛ばなくても、得られるエサは変わらないのです。
こうなると、鳥にとって「飛ぶ」という行動には、少なくとも“飛んだからエサが増える”という得はないわけです。
しかし研究者が調べた結果、飛ぶ機会を与えられたとき、鳥たちが飛ぶことを選んだ割合は平均99.9%にも達しました。
飛ばない自由と飛ぶご褒美がないなかで、この数値は非常に興味深いと言えます。
しかし「鳥が飛ぶのが好きだなんて、わざわざ実験しなくても分かることだ」という人もいるでしょう。
ですが科学の世界では、これが長いあいだ言えなかったのです。
空を舞う鳥を見上げて「楽しそうだな」と思うのは、ごく自然な感想です。
しかしそれをそのまま「人間が見て楽しそうだから、あの動物も楽しいはずだ」と決めつけてしまうことは、動物行動学の教科書では初歩的な間違いであるとされていました。
たとえば「犬の反省顔」の実験が有名でしょう。
いたずらを見つけて叱ると、犬は耳を伏せ、目を逸らし、いかにも申し訳なさそうな顔をします。動画サイトでも定番の光景で、私たちはつい、一番申し訳なさそうな顔をした犬こそ犯人だと読み取ってしまいがちです。
ところが2009年、アメリカのバーナード大学のアレクサンドラ・ホロウィッツ氏が、この表情の正体を確かめる実験を行いました。
飼い主が「食べてはいけない」と命じたおやつを部屋に残し、犬を1頭だけにします。
そして飼い主が戻ってきたあと、犬が実際に食べたかどうかとは関係なく、叱ったり叱らなかったりしました。
その結果、「反省顔」が出るかどうかを決めていたのは、犬が食べたかどうかではなく、飼い主が叱ったかどうかでした。
しかも、何も食べていない濡れ衣の犬を叱ったときのほうが、その表情はむしろ強く現れたのです。
人間は「悪さをしたこと」「𠮟られたこと」「反省をすること」「反省を顔に出すこと」を勝手に繋げて「犬の反省顔」という名前をつけていましたが、実情はそれとは程遠いものだったのです。
人間の直感をそのまま当てはめることが、如何に危険かがわかるでしょう。
では逆に人間との一致点を全て無視すればいいかというと、そうでもありません。
犬の反省顔は人間の直感と解離がありましたが、犬の嬉しい気持ちについては、人間もわりあい正確に読み取れることが知られています。
実際、霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、こうした決めつけを「擬人否定」と名づけ、これもまた同じくらい研究を歪めると指摘しています。
「動物にも感情がある」と勝手に重ねるのも危ういが、「動物に感情などない」と頭から否定するのも同じくらい危うい。
この板挟みが、動物の感情研究をずっと足踏みさせてきました。
この行き詰まりに突破口を開いたのが、1970年代後半に心理学から生まれた考え方でした。
感情というものを、目に見えない一枚岩のかたまりとして扱うのをやめて、いくつかの部品の組み合わせとして考える——そういう発想の転換です。
人が感情を経験すると、その痕跡は3つの場所に現れます。
まず行動が変わる。
次に、物事の判断が楽観的になったり悲観的になったりする。
そして体内ではホルモンが変動する。
主観的な気持ちそのものは覗けなくても、この3つの部品なら動物でも測れます。
今回の研究チームは、この3方向から同時にモモイロインコを包囲することにしました。






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