血管を捨てた鳥と、300年解けなかった謎
血管を捨てた鳥と、300年解けなかった謎 / Credit:Canva視力を取るか、酸素を取るか
網膜は、眼球の奥にある薄いシート状の組織です。
眼に入ってきた光をキャッチして、電気信号に変えて脳に送る——いわば「目のセンサー部品」と思ってもらえれば大丈夫です。
このセンサー部品は、体のなかでもとびきりエネルギーを使う場所です。
同じ重さの脳と比べても2〜3倍ものエネルギーを消費するといわれます。
働きものすぎて、栄養も酸素もたっぷり必要なのです。
だから、人間を含むほとんどの脊椎動物の網膜には、酸素を運ぶための血管が密に張り巡らされています。
けれど、この血管はちょっとした「やっかいもの」でもあるのです。
なぜなら、血管は光の通り道に立ち塞がってしまうから。
せっかく目に届いた光を、血管が散らしてしまうのです。
つまり、ほとんどの動物の網膜では「視界のクリアさ」と「酸素の供給」が、お互いに足を引っ張り合っています。
視界をクリアにしたければ血管を少なくしたい、けれど血管が少ないとエネルギー切れになる——ジレンマです。
多くの動物は、視力を多少犠牲にしてでも酸素を確保する道を選びました。
ところが、鳥はこの取引を蹴ったのです。
タカやワシ、フクロウの目のよさは、みなさんもご存じでしょう。
ハチドリは毎日、何百もの花を空中で見分けながら飛び回ります。
アホウドリは大海原のかすかな魚影を、はるか上空から見つけ出します。
渡り鳥は何千キロも離れた目的地を、地形の目印をたどって正確にたどり着きます。
あの驚異的な視覚を支える土台のひとつが、「血管なしの網膜」だと考えられています。
しかし、当然の疑問が残ります。
血管がないのに、どうやって大量の酸素を網膜に届けているのか?
300年間「たぶんそう」で片づけられていた問題
実は、鳥の眼球の中には、鳥に特有の発達をした奇妙な構造があります。
眼球の奥から内側に向かって、羽根のように突き出した血管の塊。
これを眼櫛(がんしつ、ペクテン)と呼びます。
1600年代から、解剖学者たちはこの不思議な器官の存在を知っていました。
そして自然と、こう考えるようになります。
「網膜に血管がないなら、きっとこの眼櫛が酸素を運んでいるに違いない」
これが、300年以上ものあいだ主流であり続けた説です。
ところが、おかしなことに——誰一人として、この説を直接確かめてはいなかったのです。
なぜか?
確かめる技術がなかったからです。
「生きたままの鳥を、できるだけ普通の状態に保ったまま、眼球のなかにセンサーを通して酸素を測定する」——これは口で言うほど簡単ではありません。
鳥が苦しがって動いたり、麻酔が強すぎて呼吸が乱れたりすれば、出てくる数字は「普通の状態」のものではなくなってしまいます。
そんなわけで、「眼櫛が酸素を運んでいるはず」という仮説だけが、証拠のないまま300年もひとり歩きしていたのです。






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