いろんなことがあったが、私は高市政権がこの1年間やってきたのは、「ファンサ(ファンサービス)政治」だと思っている。
例えば前の国会で成立した皇室典範改正や国旗損壊罪。そして次々と打ち出される外国人政策の厳格化。
「なぜ人々が物価高に苦しむこのタイミングで誰が望んでるのかまったくわからないようなことを最優先でやる?」
常識的な人であればそう思うだろう。が、「ファンサ」という概念を通してみると、「あ、そういうことか」とストンと腑に落ちないだろうか。
他にもいろいろなことが読み解ける。
例えば熊本へ行った際の、ヘリコプターから被災地を眺めるといった無駄にドラマチックな映像。「いやいやプロモーションビデオじゃないんだから!」と多くの人が突っ込んだわけだが、最初からファンサで作ってると思えば心の底から納得だ。
またホワイトハウスでX JAPANの曲がかかってはしゃいだり、先日の国連総会で「ドナルド」を連発したり、ちょっと「はすっぱ」風に振る舞ったりもそうだ。ファンは「サナちゃん国際的な舞台で活躍してすごい!」「トランプと対等! さすが!」となるだろうし、公的な場にそぐわない振る舞いは、「貴重なオフショット」感を演出して親近感を抱かせる。
そう、アーティストやアイドルがよくやる手法なのだ。
Xの「アイロンがけ」とかも、アーティストやアイドルが「プライベートを小出しにする」演出として好まれるものだろう。普段はステージで輝いているスターが、スーパーで買い物したり地味な家事をしたりという日常を発信する──。私のような旧石器時代のバンギャ(もう35年くらいになるもので……)も大好物とするものだ。
が、アーティストでもアイドルでもなく、総理大臣がそういう振る舞いをすると非常にちぐはぐで見る者を不安にさせ、また「勘違いしてるのでは?」という疑念を抱かせる。どうしてもやりたいなら「ファンクラブ限定」みたいなクローズドな場所でやればいい。それを全世界に発信しているから不穏さをばらまいてしまうのだ。誰か教えてやってくれ。
さて、そんなファンサ政治、高市首相が初めてではない。
高市首相が師と仰ぐ安倍元首相こそがやっていたものでもある。
例えば国会での「日教組日教組〜」発言。あれを見た瞬間、なぜ大の大人が、そしてなぜ総理大臣の立場にある人物がそのような振る舞いをするのか心底疑問だった。自らを貶めてしまう行為に思えたからだ。が、「ファンサ」なのだと思った瞬間、「あ、そっか」と納得した。
2017年、選挙演説でヤジられ、聴衆に対して「こんな人たち」と口にしたのも同様。
しかし、政治家はもっともファンサをしてはいけない職業だと私は思う。ファン=自分たちの親密圏とそれ以外という線引きがどうしてもできてしまうからだ。
ちなみに私は『なぜ君は総理大臣になれないのか』を観た時、小川淳也氏の「大切なのは勝った51がどれだけ残りの49を背負えるか。今の政治家は勝った51が51のためだけに政治をしている」(ざっくりこんな感じ)という言葉に非常に感銘を受けた一人なのだが、「ファンサ政治」は残り49を切り捨てるだけでなく場合によっては踏み躙り、嘲笑し、そのことによって自分たちの結束を高めるようなことをしかねない。
そして何より、ガチの外交などはファンサ政治では決して乗り越えられず、有害ですらあると思う。向いている方向がアレなので、優先順位を誤らせてしまう恐れがあるからだ。
さて、あと少しで1年となる高市政権について長々と書いたわけだが、ここからが本題だ。
東京の、長い長い雨がやっと終わった。
なんと10月2日まで、都心では37日連続の雨。
その間、都内の病院には頭痛など身体の不調を訴える人が多く訪れたというが、私もこの1カ月ほどひどい不調に悩まされた。
頭痛をはじめ、めまいと吐き気と猛烈な肩こり。同時に台風接近のたびに喘息が猛烈に悪化。とにかく毎日身体が重く、仕事も思うように進まず、いろんなことの予定が狂った。
そんな日々が続くと自信をなくす。何しろフリーランスは身体が資本の完全歩合制。体調不良で寝込んだりしたらその間、収入はゼロ。だらだらと続く不調に「もしこのままこの状態が続いたら、あっという間に生活詰むな……」と思ったりした。そんなことを思うたびに、フリーランスにとって「崖っぷち」はすぐそばにあることを実感する。
不調の最中の9月29日、最高裁に行ってきた。ご存じ、生活保護引き下げ訴訟=いのちのとりで裁判の傍聴のためだ。
と書くと、「あれ? 去年6月の最高裁での勝訴で終わったんじゃないの?」という人もいるだろう。大阪訴訟・愛知訴訟について引き下げが「違法」と認められた歴史的な判決。それをもって全国のすべての裁判が終わり、すみやかな謝罪・補償につながる──。そういう展開になると私も思ってた。
なぜなら「きょうだい訴訟」と言われる旧優生保護法裁判(強制不妊手術を受けさせられた障害者らが国を訴えた裁判)では最高裁での原告勝訴からすぐに大臣や首相が原告らに会って謝罪。2カ月後には原告団等と国の間で「基本合意書」が締結され、3カ月後には旧優生保護法補償金等支給法が全会一致で成立。その瞬間を国会で見届けている。今もこども家庭庁のサイトには、大臣の謝罪文が大きく掲載されている。
しかし、いのちのとりで裁判ではそうはなっていない。追加給付額はあれこれ理由をつけて一方的に値引きされ、原告らへの直接の謝罪はいまだなく、追加給付についても周知徹底されていないことから自分が対象なのに知らない人も多くいる。
そして裁判はまだ続いている。ということでこの日、高裁で原告が敗訴した秋田・兵庫・佐賀・熊本の4訴訟の口頭弁論が最高裁で開かれたので応援に駆けつけた。
「40年やっていた居酒屋を、頸椎を痛めて辞めました。それまでがむしゃらに働いてきました」
最高裁の法廷で、84歳の原告は言った。居酒屋を続けられなくなって生活保護を利用したものの、「料理ができるので、つつましくも生活してきた」という。
しかし、13年から段階的に保護費が減らされたことによって生活は一変する。そこにこの4年以上にわたる物価高が直撃する。
「栄養なんて考えている場合じゃありません。趣味はとうに諦めました。いろんなことを我慢することが当然の生活です」
そう語る男性は、食費も光熱費も切り詰める生活の中、昨年夏、エアコンをつけるのを我慢して熱中症になり、二度も救急搬送されたという。
別の原告の男性は、最高裁の法廷に立つことができず、弁護士が陳述を代読した。東京に来られなかったのは、入退院を繰り返す生活で体力がないため。75歳の男性は身長175センチに対して体重は42キロ。現在、自力では10メートルほどしか歩くことができないという。
そんな男性は60歳まで内装業を自営でやっていたものの、糖尿病で倒れ、生活保護を利用するように。保護費引き下げの前は1日3食取れていたが、引き下げられてからは節約のため、昼食を抜くこともあるという。ガス代も節約して風呂の湯は溜めず、冷暖房もできるだけつけないようにする暮らし。交際費がなく、友人との交際もできなくなり関係が切れてしまった。
そのような生活の中、男性は低血糖で倒れ、救急車で運ばれ3回も緊急入院しているという。栄養失調と診断され治療を受けるものの、驚いたのはその入院自体が男性の生活をさらに逼迫させるということ。入院すると、生活保護の生活扶助(生活費)が減らされてしまうからだ。
保護費が減らされても削れないものの代表が携帯代。一人暮らしの男性にとって、何かあった時のための携帯は命綱なので食費を削って携帯代を払う。さらに生活は苦しくなり、身体にも負担がかかるという悪循環だ。
居酒屋、そして自営で内装業という立場だった原告の話を聞いて身につまされる思いがした。今、フリーランスの私がなんとかやっていけているのは偶然の奇跡の積み重ねゆえで、いつそれが崩れるかなど誰にもわからない。どんな人にも病や事故、トラブルはある日突然降りかかる。
一方、秋田の原告の中には、ソフトウェア開発の仕事をしていた人もいた。現在64歳の男性は十数年前、脳出血を起こし後遺症で働けなくなったという。収入も途絶え、自殺を考えたこともあったそうだ。
そうして生活保護を利用するものの、引き下げにより、食事は1日2回に。日によっては一食のこともあるという。切り詰めるのは食費だけではない。衣類は中古品で、家電も買い替えられない。友人の葬儀にも参列できず、悔しい思いをしたと語った。
兵庫の88歳の原告は、今も猛暑の中、安い食材を求めてスーパーを電動自転車で回るという。
「90歳近いのに綱渡りのような生活をするとは思いませんでした。私のような思いをする人を、二度と生まないでください」
そんな声が今も耳に残っている。
リストラされた3カ月後に自殺を図り、その時の後遺症で障害が残ったという男性も陳述した。震災後、自律神経失調症になったことが生活保護利用のきっかけだった人もいた。
裁判の最後、熊本の弁護士・阿部広美さんは切実な声で訴えた。
夏は猛暑の熊本で、何人もの原告が熱中症で命の危機に陥ったこと。熊本で49人いた原告のうち、すでに16人が死亡していること。そのうちの4人が、昨年の判決後に死亡したこと。
インコを「さくらちゃん」と名付けて大切にしていた優しいおばあちゃんは、減らされた保護費を返してもらえることを楽しみにしていたという。しかし、叶わないままこの世を去った。手芸屋さんをしていたその女性は、もともと栄養士だったという。引き下げられた保護費では必要な栄養がまかなえないことを、おそらく誰よりもわかっていたはずだ。
「食事も減らし、入浴も減らし、安い食品を買うことばかり考え、エアコンもつけず、結婚式や葬儀にもいけず、古い家電が壊れることに怯えて暮らしているんです」
法廷に、阿部弁護士の感極まった声が響き渡った。そんな人たちの尊厳を奪った、保護費の引き下げ。そして亡くなってしまえば、もらえるはずの給付は相続もされない。10年以上の戦いが、「無」になってしまうのだ。
そんなことはおかしい上、補償額の「値引き」もあり得ない。この日、原告と弁護士さんたちは口々に訴えた。
1000人を超える全国の原告のうち、10年以上にわたる裁判で亡くなったのは実に278人。そのうち25人が最高裁の判決後に亡くなっている。原告には時間がない。
「どうか私たちの声を聞いてください。ここに来られなかった人たちの声を聞いてください」
「国はもう私たちを苦しめないでほしい。それだけです」
原告たちの声が今も耳に残っている。
国が決めた引き下げにより命を削られる人々がいる一方で、内閣広報室は27年の概算要求で26年度の10倍となる72億円を要求。また内閣府は政府広報の経費として、26年度の79億円から大幅増の280億円を要求。莫大な税金が、ファンサのために湯水のように使われるようである。
「国が悪の組織でつらい」という言葉を吐くまでもないが、判決は、10月23日。
どんな結果となるのか。固唾を飲んで見守ってほしい。

5 日前
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