草間彌生さん死去、97歳 晩年に世界的評価を得た前衛芸術家

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(CNN) 世界で最も高く評価され、最も作品が売れている芸術家の部類に入る草間彌生さんが今月14日に都内の病院で死去していたことが分かった。97歳だった。草間さんの公式ウェブサイトに掲載された声明で明らかになった。

草間さんは亡くなるまでに、現代美術界で屈指の人気を誇り、商業的にも特に成功した人物の1人となっていた。代表作の「インフィニティ・ミラー・ルーム」は、色と光が無限に反射し続ける空間に没入させる大規模なインスタレーションで、数百万人がこれを見ようと美術館を訪れた。

一方、特徴的なカボチャの彫刻や水玉模様の絵画は、オークションで数百万ドルの値を付けた。

しかし晩年に作品が世界的な評価を得たことは、草間さんがそこに至るまでに乗り越えた困難、つまり幼少期のトラウマや精神疾患、そして比較的無名だった長い年月を考えれば、いっそう注目に値する。

2022年10月4日に撮影された直島の「南瓜」/Kyodo News/Getty Images
2022年10月4日に撮影された直島の「南瓜」/Kyodo News/Getty Images

1929年、機能不全に陥った家庭に生まれ、虐待を受けた草間さんは、第2次世界大戦中に日本軍向けのパラシュートを縫う軍需工場で幼少期の大半を過ごした。このころには鮮明な幻覚を経験し、草間さんの世界は水玉模様で覆い尽くされていた。この経験が後に作品を特徴づけることになる。

京都の美術学校で近代的な「日本画」の様式を短期間学んだものの、キャリアのごく初期から、抽象表現や、代表作「インフィニティ・ネット」に見られる反復する水玉模様を試みた。戦後の日本での生活に幻滅していた草間さんは米国の芸術家ジョージア・オキーフとの手紙のやり取りに励まされ、1950年代後半、27歳で米国へ移住。シアトルを経て、ポップアート運動が生まれつつあったニューヨークへ移った。

その後は、水玉や花、男性器を思わせる突起物を次々と取り入れ、ニューヨークの抽象表現主義の伝統を根底から覆した。絵画や彫刻だけでなく、映画、文学、パフォーマンスアートの超現実主義的な作品を含む、重要な作品群を生み出していった。

60年代のカウンターカルチャーの潮流に乗って、草間さんは裸体に水玉模様を描く「ハプニング」と呼ばれるパフォーマンスを展開。68年にはニクソン米大統領(当時)に公開書簡を送り、ベトナム戦争をやめるならニクソン氏と性行為をすると申し出たことでも知られる。

ニクソン氏がこの申し出を受け入れた形跡はない。しかしこうしたエピソードは、作品が喜びと色彩に満ちていた一方で、草間さんが当時の重要な争点となっていたジェンダー平等や、同性愛者の権利、反戦運動に向き合うことを恐れていなかったことを示している。

美術界の主流は草間さんの作品からヒントを得ることも多く、直接模倣することさえあったが、草間さんを完全に受け入れることはなかった。アンディ・ウォーホルやドナルド・ジャッドらを友人に持ちながらも、草間さんはアウトサイダーであり続けた。

グッゲンハイム美術館のアジア美術担当上級学芸員、アレクサンドラ・モンローさんは2018年、草間さんの90歳の誕生日に合わせてCNNに寄稿した人物紹介記事でこう記している。「敗戦したアジアの大国の出身で有色人種の外国人女性だったことに加え、(草間さんの)作品に含まれる精神的な要素が、1960年代の前衛芸術の最初の歴史を描いた西洋の主流からそのアイデンティティーを切り離していた」

70年代初めに日本へ戻ったあと、ほどなくして公の場から姿を消した。数年のうちに精神科病院へ自ら入院し、本人の意思でそこに暮らし続けた。

強迫的ともいえるほど多作で、制作前に下書きをすることはめったになかった草間さんは、病院や近くの小さなアトリエで作品を生み出し続けた。そして10年あまりの不遇な時期を経て、80年代後半に作品の評価が大きく見直されることとなった。

現代的な視点を通したことで、草間さんの芸術は新たな評価を得た。長く忘れられていた絵画は欧米の展覧会で再び紹介され、89年に開かれたニューヨークでの回顧展は注目を集めた。93年には国際美術展ベネチア・ビエンナーレで日本代表を務めるよう依頼され、国際美術界の評価が遅まきながらも確立したように見えた。

そうした流れで、作品の価値も劇的に上昇した。2022年5月には初期の絵画「無題(ネット)」がオークションで約1050万ドル(現在のレートで約16億7000万円)の値を付け、草間さんの作品として最高落札額を記録。また草間さんは作品が売れ続けている世界有数の芸術家の1人で、香港からニューヨークにいたる各地のオークションで落札された金額は23年の1年だけでも計1億9050万ドルに上る。

ニューヨークで同時代に活動した芸術家の多くが文化的な存在感を失っていく一方、草間さんの存在感はむしろ晩年に高まった。カボチャの作品は、しばしば巨額の費用をかけて美術館や文化地区、不動産開発の目玉に据えられた。17年には東京に草間さんの作品を専門に扱う美術館が開館。「インフィニティ・ミラー・ルーム」で撮影された自撮り写真はインスタグラムにあふれた。高級ブランド、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションや、18年のドキュメンタリー映画「草間彌生・INFINITY」によって、草間さんの顔は屋外広告や映画館などいたるところで見かけられるようになった。

草間さんは時代を先取りした芸術家だったのかもしれない。しかし世界は今、ようやく草間さんに追いついた。

原文タイトル:Japanese artist Yayoi Kusama dies at 97(抄訳)

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