(CNN) 古代ローマの都市ポンペイの遺跡はよく、過去をそのまま残すタイムカプセルに例えられる。かつて栄えた港町が、紀元79年に起きたベスビオ山の噴火で厚い灰に覆われ、静まり返った。
米オハイオ州のマイアミ大学で古典学研究を率いるスティーブン・タック教授はCNNとのインタビューで、「ずっとそう語られ続けてきた」と話した。「ポンペイを歩き回ればだいたい出くわすのが、だれもかも死に絶え、何もかも消え去ったという筋書きだ」
だがタック氏が何年間にもわたってポンペイを訪れた結果、見えてきたのは「欠如による証拠」だという。例えば家庭用の祭壇に何もなく、馬小屋に馬がいなかったというように、噴火当日そこに何がなかったかによって得られる手がかりだ。
「よく見ると、あるべきなのに欠けているものがたくさんある」と、タック氏は説明する。「波止場につながれていたはずの船がなく、古代ローマ世界で現金を入れておくのに使われた頑丈な金庫はすべて空っぽだった。やがて私は、人々が全滅したという話とはつじつまが合わないことに思い至った」
同氏はこの10年、ポンペイやその近くの都市ヘルクラネウムから脱出できた人々を徹底的に捜す「ポンペイ生存者プロジェクト」を進めてきた。その成果を昨年、「Escape From Pompei」と題した著書で公開している。
タック氏は、両都市で2000年近く前に彫られたラテン語の石碑にある名前をネット上のデータベースで綿密に調べ、その人々の消息が噴火の日に途絶えたかどうかをたどった。
このうち3人の行方を中心に取り上げたのが、新作ドキュメンタリー・シリーズ「ポンペイの失われた物語 WITH トム・ヒドルストン」だ。ホスト役を務める俳優のヒドルストン氏は、英ケンブリッジ大学で古典を学んだ。同氏は1998年、歴史に夢中だった17歳の時に初めてポンペイを訪れていた。
同シリーズはドキュメンタリー専門チャンネル「ナショナル・ジオグラフィック」で26日から放送が始まるほか、ディズニー公式動画配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」で23日から配信されている。
ドラマ形式の再現映像に調査研究を交え、鍛冶(かじ)屋の見習いをしていた10代の少年と女性実業家、近衛兵の3人が噴火の日にどうしていたかをたどる。その背後で、タイマーが運命の時までのカウントダウンを刻む。
「ポンペイの物語でとりわけ注目に値するのは、人々の平凡な生活の幅広く多様な細部を、現代の私たちも知ることができるという点だ」と、ヒドルストン氏は強調する。「ポンペイは過去への生きた記念碑だ。時を超えて手を伸ばし、人類の歴史の一筋とのつながりを感じることができる」
このシリーズが取り上げたタック氏のような専門家によるプロジェクトをはじめ、ポンペイで進められている研究によって、噴火前後の住民の日常生活の中でこれまで陰に隠れていた側面に光が当たりつつある。
こうして筋書きが変わるにつれ、予期せぬ自然災害に直面した人間の勇気や立ち直る力について、より深く重層的な見方ができるようになる。

ポンペイ関連の新たなドキュメンタリー番組で、大量の火山灰から市民が逃れようとする場面/Darrin Zammit Lupi/National Geographic via CNN Newsource
眠れる巨人
番組の冒頭でポンペイは地震に見舞われるが、人々はあまり気にする様子もなく日常生活を続ける。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンで地質学を研究するクリストファー・ジャクソン客員教授は「この地震と、その後起きる現象との関連性は認識されていなかった」と語る。
地震が4日間続いた後に噴火が起きた。ジャクソン氏によると、市内ではその17年前の地震で建物や水道施設が損傷し、まだ修繕の最中だった。
「住民には恐らく、自分たちが活火山のふもとに住んでいるという認識がなかった。一生の間に噴火を経験していなかったからだ」と、ジャクソン氏は語る。
ローマの弁護士で文筆家だった小プリニウスはナポリ湾越しに被害を目撃し、それを書き留めた。火山の噴火が初めて文字で記録された例のひとつとされる。おじの大プリニウスはローマ帝国の艦隊司令官で、湾を渡り住民の救助に向かった先で亡くなった。
ジャクソン氏らは小プリニウスの詳細な記録を活用し、ベスビオ山に残された地質学的な証拠と合わせて当時の火山活動を推定してきた。
噴火は第5段階まで24時間続いた。「熱く速く、高密度な火砕流がポンペイとヘルクラネウムに押し寄せ、一瞬のうちに相当な数の死者が出た」と、ジャクソン氏は言う。
ベスビオ山は今も活動中と考えられる。最後に噴火したのは1944年で、現在は静穏期とされるものの、24時間体制の監視が続く。
ジャクソン氏は自ら頂上に登った経験を振り返り、「火山は言いようもないほど大きく、その規模に比べると自分が突然小さく感じられる」と語った。「そこからポンペイとヘルクラネウムを見下ろすと、距離の遠さを実感した。噴火にまつわる自然の威力がうかがえる」

ポンペイの近くにある都市ヘルクラネウムの風景/Paolo Verzone/National Geographic
生き延びた人々はどこへ行ったのか
タック氏は石碑に刻まれた約2万人の名前を追跡し、生き延びた人々がローマの48都市にたどり着いていたことを突き止めた。
住民らはポンペイとヘルクラネウムから32キロほどの圏内で、似たような雰囲気の地域を探し出していた。その多くが解放された奴隷や商人階級の人々だった。
ただ同氏によると、両都市の生存者の間には決定的な違いがあった。ヘルクラネウムの住民は被災地との境目近くにとどまった。このグループは比較的貧しく、避難民同士で結婚していた。
タック氏が描き出す、ある女性の足取りはこうだ。夫を失ったが幼い娘とともにポンペイから脱出し、港町オスティアにたどり着いて、皇帝の侍医と再婚した。同氏はこの時の娘がその後、結婚して子どもを産んだことを示す証拠も発見した。
「ポンペイの住民のほうが広く散らばった」と、タック氏は語る。「財産も人とのつながりも多かったようだ。事業を立ち上げ直し、子どもたちが公職に立候補し、ポンペイでは信仰していた形跡のない神々を信仰するなど、新たなコミュニティーによく適応していたようだ」
同氏によれば、ヘルクラネウムの住民たちが近くに住み続けたのは、もともとのコミュニティーが小さめで閉鎖的だったためと考えられる。これに対してポンペイの住民は古代ローマ世界全体とのつながりが強く、外から入ってきた住民も幅広かった。
同氏は生存者プロジェクトを通して200年ほどにわたる家系図もたどることができ、その結果ポンペイへの見方が変わったという。
「ポンペイの物語は生存と希望の物語に変化した。そこでは人間中心のまったく別の物語が続いていく」と話す。

古代の文字が刻まれた石碑に触れる番組のホスト役、トム・ヒドルストン氏/Paolo Verzone/National Geographic via CNN Newsource
ポンペイの日常生活を再現
ポンペイでは色とりどりの壁画に覆われた特権階級の豪邸も見つかっているが、新たな研究では中流、下流層の生活も明らかになってきた。
米コーネル大学の考古学者、ケイティ・バレット氏は新作シリーズについて、「日常生活や実在の人々の経験に重点を置こうとしているところがいい」と語った。シリーズではバレット氏も研究者の一人として取り上げられている。
同氏はポンペイで特権階級の大きな家と、隣接する小さな家を発掘し、住人同士の関係が時とともにどう変化したかを探るプロジェクトの共同責任者を務めている。
同氏によれば、このプロジェクトを通し、裕福な家主たちだけでなく、奴隷として雇われていた人々の生活の様子も把握することができる。両方の家のトイレを発掘することで、当時の保健衛生や食生活、家事労働などに関する新たな証拠が見つかっているという。
タック氏は、中流階級の家と上流階級の家の中に描かれた壁画の違いに注目している。
中流層の人々は「ただ富裕層の生活をまねようとするのではなく、自分たちなりの文化を持っていた。その特徴を明らかにするのは意義あることだ」と、同氏は語る。
ヒドルストン氏は、ヘルクラネウムとポンペイに残された日常生活の細部に強い印象を受けたと話す。オーブンで焼いている途中だったパンや、現在使われているのとよく似たゆりかご、人々の食事や信仰の様子がうかがえるモザイク画やフレスコ画、そして戦う剣闘士を描いた子どもの落書きもある。
「このシリーズの制作に何年もかけてきたが、まだポンペイのことが分かってきたばかりだ」と、ヒドルストン氏は言う。同氏はさらに、「番組では3人を選んで日常生活を追うが、このほかにもまだ発見すべき街が、フレスコ画が、モザイク画が、数々の家や別荘がある。私たちと過去との関係は果てしなく展開するミステリーだ。近いうちに解き明かせるとは思わない」と語った。

11 時間前
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