流行のダイエット、さまざまな食品の「高タンパク質化」、そしてあらゆる生体計測データを追跡する新たなウェアラブル技術などが溢れる今、健康志向の熱狂に巻き込まれることは簡単だ。
さらに、オンラインやSNS上のあらゆる情報が、自身の健康、特に栄養に関して何が必要で何が不要かを知ることを困難にさせる。
SNS上には、特定の食品を「体に悪い」とか「偽の成分が含まれている」と語る動画があふれ、「健康的な食事」に対する社会的な熱狂を煽っている。
健康的な食事をとること自体には何の問題もなく、それは幸福感を高める素晴らしい方法だ。しかし、ときにそれが一線を越えてしまうこともある。
健康的な食事に過剰に執着するようになり、「オルトレキシア」として知られる状態に陥る可能性があるのだ。
「オルトレキシア」はより一般的になりつつあり、一部の研究では、それが主にSNSからのプレッシャーによるものだと指摘されている。
メンタルヘルス診断に使われる手引き「DSM-5」にオルトレキシアの記載はない。しかし、2人の管理栄養士は、いずれは公式な診断名になるだろう、とハフポストUS版に語る。
「それは潜在性の摂食障害であり、臨床的な診断コードを持つものではありませんが、摂食障害のコミュニティでは広く認識されています」と、母親向けのウェルネス管理栄養士であるベス・アガステ氏は述べる。
「オルトレキシアは一般的に、健康的な食事へのとらわれと、食品の純度への執着として分類されます」とアガステ氏は付け加えた。
OnPoint Nutritionの管理栄養士であるベス・ハイズ氏は、「オルトレキシアは、その人が適切である、あるいは健康的であると認識する食事方法に対する強迫観念です」と話す。
多くの人が健康的な食品を食べることを楽しんだり、それによりコレステロールや血糖値などの特定の健康指標をコントロールしているため、どこまでが単なる健康的な食事で、どこからが危険であるかを知ることは難しい。
アガステ氏は「見つけるのは非常に困難で、専門家でさえ見抜くのに苦労することがあります。『この人は本当に健康的なだけなのか、それとも障害との境界線上にあるのか』と疑問に思うのです」と指摘する。
以下は、アガステ氏とハイズ氏が教える、オルトレキシアの領域に踏み込んでいる可能性があるサインと、自身の食習慣に不安を感じた場合の対処法だ。
極端な食事制限(アレルギーや医師の指示以外で)
「オルトレキシアは拒食症が現れるのと同じような形で現れることがあります。特定の食品群を食べなかったり、自分が食べている食品やその出所を完全にコントロールできていないと強い不安を感じたりするのです」とアガステ氏は語る。
ハイズ氏は、食品の摂取に関する厳格なルールを自分自身で作っているかもしれない、と付け加えた。例えば、玄米しか食べてはならず、白米の例外は絶対に認めないと自分に言い聞かせているような場合だ。
「通常は健康的な食事として始まるものが、徐々に食品の純度や『クリーンな食事』、あるいは『適切な食事』に対する不健康な執着に変わってしまうのです」とハイズ氏は話す。
社会生活に支障をきたす
アガステ氏は、「日常生活の活動に支障をきたし始めた時が、一線を越えた時です」と述べる。
食事に関するストレスが社会的な付き合いに支障をきたす、例えば食事の状況がよくわからないという理由で予定を断るような場合は、懸念すべきだ。
「社会において快適に生活する能力に影響を与えている場合、それは対処すべき問題です」とアガステ氏は付け加えた。
「健康的な食品に関心を持つ平均的な人の話ではなくなり、それがもはやその人の人格であるかのように、ひたすらそれに執着するようになってしまう」とハイズ氏は語る。
原材料リストの分析に多くの時間を費やす
食品の原材料や栄養表示をときどき確認することは普通のことだ。アレルギーがある場合や、達成しようとしている特定の栄養上の目標がある場合はなおさらだ。
しかしオルトレキシアの人は「強迫的に、常にすべての原材料を分析する」傾向があるという。
これが、食事の計画を立てたり、食べ物に含まれるすべての原材料の栄養について調べたりするのに何時間も費やすことに発展する可能性があると指摘した。
食事のルールを破ると、不安や罪悪感を感じる
「健康的な食事について常に考えていると感じ始めた時が境界線だと思います」とハイズ氏は語る。
「何かを食べることに対して、不安に感じたり神経質になっていたりすることが多い場合、それは考えすぎているサインかもしれません」
自身で決めた食事のルールのいずれかを破った後に罪悪感を感じる場合も同様だという。
アガステ氏は、食べ物に関する考えが少しでもメンタルヘルスを乱している場合は、誰かに相談することを検討すべきだと述べた。また、それが身体的な健康に支障をきたす場合は、間違いなく危険信号だという。
懸念がある場合はどうすべきか
管理栄養士またはメンタルヘルスの専門家からのサポートを受けることで、自分の健康的な食生活が単なる健康的な食生活なのか、それともそれ以上のものなのかを判断することができる。
アガステ氏は「摂食障害を専門とする管理栄養士やセラピストなど、それが自分にとって問題であるかどうかを理解するのを助けてくれる人に相談することが本当に重要です」と語る。
ハイズ氏は「適切なサポートがあれば、オルトレキシアからは間違いなく回復できる」とし、「そのような感情に気づいたら、人生を支配するものに変わらないように、できるだけ早く対処すべきです」と付け加えた。
完璧である必要はない
食事に関して、自分の必要な栄養が、パートナーや隣人、あるいはお気に入りのインフルエンサーとは異なる可能性は高い。
だから、SNSの栄養に関するトレンドや、友人が熱狂しているダイエットを過信しすぎないこと、とハイズ氏は語る。
最新の食のトレンドに執着するのではなく、現実的な目標に焦点を当てるべきだ。
「食べ物がクリーンかどうかではなく、食事でさまざまな種類の食べ物や栄養素を摂取しているかに注目すべきです」とハイズ氏は述べた。
アガステ氏は、食事に関しては「ゼロか100か」の思考を手放すことが重要だと述べている。これには、特定のダイエット法や、減量のための厳しいルールが含まれる。
「そのようにしている患者を数多く診ていますが、常に100%の状態を維持することは持続可能ではありません」
そして、そのルールを破ってしまうと自分は失敗したと感じて諦めてしまうのだという。
「オルトレキシアの人の欠点は、100%を手放すことを恐れ、手放してしまえば何もない状態に逆戻りしてしまうのではないかと恐れている点だと感じます。妥協点を見つけ、完璧である必要はないことを自分に言い聞かせることが重要です」とアガステ氏は付け加えた。
「『常に健康的に食べている』必要はなく、『たいてい健康的に食べている』と自分に言い聞かせればいいのです」
「いつも」という言葉を使うと、失敗や自分を批判するという概念を持ち込むことになるとアガステ氏は指摘する。しょっぱいスナックや甘いお菓子を食べることは全く問題なく、決して失敗ではないのだ。
「『いつも』ではなく、単に『だいたい』何かをしているという、その中間を見つける練習を重ねれば重ねるほど、より良くなっていくと思います」
これらに取り組む中で、自分自身への思いやりを持つことは大切だ。現代の社会で、食事の選択に関して寛容であることは簡単ではない。
「食事、そして健康的な食事全般は、まさに生涯にわたる旅路。それはルールや一度きりで終わるものではなく、生涯を通じて関わっていくものです」とハイズ氏は語る。食事の必要性や食の好みも、年を重ねるにつれて変化するかもしれない。
「あまり良くなかったと感じる選択をいくつかしたとしても、それがそれほど大きな影響を与えることはありません。大切なのは、生涯を通じて自分に必要なものを得ることに焦点を当てることです」とハイズ氏は述べた。
摂食障害の症状に苦しんでいる人や、周りに悩んでいる方がいる人たちなどに向けて、次のような支援機関や相談窓口があります。
摂食障害全国支援センター:医療従事者や一般の方向けに摂食障害に関する情報発信をするほか、支援拠点病院がある都道府県(宮城県、千葉県、静岡県、福岡県、石川県、福井県)以外に住んでいる人に向けた窓口「相談ほっとライン」を運営。
NABA:摂食障害からの回復と成長を願う人たちの自助グループ

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