年齢とともに「昔の正解」を手放しにくくなる
まずは職場で起こりがちな、上司の自分ルールの押し付けがなぜ起きるのかを考えてみましょう。
心理学の認知加齢研究では、年齢によって低下する能力と、維持されやすい能力について長く調べられてきました。
そこで重要になるのが、「流動性知能(fluid intelligence)」と「結晶性知能(crystallized intelligence)」という二つの能力です。
流動性知能とは、初めて見る問題の規則を見つけたり、状況に応じて考え方を切り替えたりする力です。
一方の結晶性知能は、語彙、専門知識、仕事の経験など、長い時間をかけて蓄積された知識を利用する力です。
心理学者ソルトハウスは、約5000人の成人を対象とした複数のデータを用い、処理速度、記憶、推論、語彙などの能力が、年齢によってどのような軌跡をたどるのかを分析しました。(Salthouse, 2019)
その結果、個人差はあるものの、情報を処理する速さは成人期の比較的早い段階から平均的に低下し、記憶や推論も年齢とともに低下が大きくなる一方、語彙知識は60代まで増加する傾向が確認されました。
つまり人間は年齢を重ねると、新しい状況をその場で分析して解決する力が低下しやすくなり、過去に蓄積した知識や経験でカバーする傾向が高くなっていくのです。
そのため、ある上司が「新人の頃に厳しく叱られたことで成長できた」と感じていた場合、その個人的な成功体験が、加齢後に「新人は厳しく叱らなければ成長しない」という、すべての部下に当てはまる法則へと変わってしまう可能性があるのです。
当然、このような問題は、新人個々人の特性に応じて判断すべきことですが、その能力が低下するために、一律で自分の経験からカバーして教育していく行動になってしまうのです。
もちろんベテラン社員の経験が、若い社員の気づかない危険を見抜き、問題を素早く解決するための重要な資源となる場合も当然あるでしょう。
しかし、その経験が現在の状況にも当てはまるのかを判断できなければ、豊富な経験が逆に妨げになることもあるはずです。
新しいやり方が「自分の人生の否定」に見える
年配の人では昔のやり方や考え方を手放したがらない傾向を感じますが、それは何も認知能力の低下だけが原因ではありません。
長年続けてきたやり方は、単なる作業手順ではなく、その人の自己評価と結びついている場合があります。
「長時間働いたから評価された」
「理不尽な指導に耐えたから一人前になれた」
「会社を優先したから今の地位を得られた」
このような経験を持つ人にとって、若い社員から「その残業は必要ありません」「その方法は非効率です」と指摘されることは、単なるやり方の否定で終わらない可能性があります。
心理学では、自分自身の価値や社会的な立場が脅かされたと感じることを、「アイデンティティ脅威(identity threat)」や「地位脅威(status threat)」と呼びます。
ニュージーランドのマッセー大学(Massey University)のダニー・オズボーン(Danny Osborne)氏らは、権威主義に関する研究を整理し、自分たちの価値観や社会的な秩序が脅かされていると感じることが、伝統や規律を強く守ろうとする態度と関係することを報告しています。(Osborne, 2023)
権威主義(authoritarianism)とは、既存の権威や秩序を重視し、そこから外れる人に厳しい態度を取りやすい傾向です。
これを職場に当てはめると、従来のやり方を改善する提案は、上司にとって単なる変化ではなく、自分の経験や権威に対する脅威として受け取られる可能性があります。
すると上司は、新しい方法を検討するよりも、「これまでのやり方が正しい」「若い社員はまず従うべきだ」と主張し、従来のルールをいっそう強く守ろうと考える傾向が強まります。
つまり、上司が昔のやり方を押し付ける背景には、過去の経験に頼りやすくなる認知上の問題だけでなく、その経験を否定されることで、自分の人生まで否定されていると感じる心理も関係するのです。
もし自分の方が正しいのに意見が通らない、と感じている人たちがいるなら、上司や目上の人たちには、このような人間心理が存在するのだと理解する必要があるかもしれません。
人間の心理的特性を無視して、ただ非効率だから、時代にあってないからという理由で意見を出すと、思わぬ猛反発を誘発してしまいます。






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