中世の「ミイラの薬」が細胞をインフルエンザから守る可能性

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ミイラが薬として売られた時代

ドイツ薬事博物館(ハイデルベルク)にある、ミイラ薬を入れるための薬局の器です。ミイラ薬はアラブとヨーロッパの医学で広く使われ、薬局ではこうした器に入れて扱われていました。ドイツ薬事博物館(ハイデルベルク)にある、ミイラ薬を入れるための薬局の器です。ミイラ薬はアラブとヨーロッパの医学で広く使われ、薬局ではこうした器に入れて扱われていました。Credit: Zinnmann / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

この薬は「ムミア・ウェラ・アエギュプティアカ(Mumia vera aegyptiaca)」と呼ばれていました。

エジプトのミイラが世界の交易に乗ると、アラブとヨーロッパの医学で広く使われるようになりました。

当時の文献によると、傷や呼吸の不調から、まひやてんかんまで、幅広い病気に使われたといいます。

人気はますます高まり、古代のミイラの取引が大いに盛り上がりました。

その勢いは、16世紀にエジプト側がミイラの輸出を禁じるまで続きました。

プトレマイオス朝の時代(紀元前3〜前2世紀)の、古代エジプトのミイラです(ルーヴル美術館)。薬として売り買いされたのは、こうした古代エジプトのミイラでした。プトレマイオス朝の時代(紀元前3〜前2世紀)の、古代エジプトのミイラです(ルーヴル美術館)。薬として売り買いされたのは、こうした古代エジプトのミイラでした。Credit: 作者不明 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

それでも、もうけの大きい商売だったため、悪質な商人は偽物にまで手を出します。

新しい遺体を乾かして、古代のミイラの薬として売ったのです。

これほど広く使われた薬なのに、中身が何で、体にどう働くのかは、よく分かっていませんでした。

手がかりとして注目されていたのは、マツやにのような針葉樹の樹脂に含まれる成分です。

この成分(7-オキソデヒドロアビエチン酸)は有効成分の候補とされ、薬効のもとだと考える研究者もいました。

そこで今回の研究チームは、古い文献と博物館に残る実物の両方から、この薬の正体に迫りました。

文献は、エジプト学と薬の歴史の両面から、41点を読み解きました。

実物は、大学や薬学の博物館が所蔵する24点を分析しています。

昔のミイラ薬の製品のほか、ミイラの体の一部や、防腐処理に使った材料の残りかすがあります。

包帯や、ミイラになった頭蓋骨2つも含まれていました。

文字が書き込まれた、ミイラの包帯の切れ端です(メトロポリタン美術館)。今回分析された品の中にも、こうした包帯がありました。文字が書き込まれた、ミイラの包帯の切れ端です(メトロポリタン美術館)。今回分析された品の中にも、こうした包帯がありました。Credit: 作者不明 / Wikimedia Commons(CC0)

分析では、試料に含まれる物質をまとめて洗い出し、品どうしで比べる方法(メタボロミクス)を使いました。

物質の名前を見分ける作業には、機械学習の助けも借りています。

さらに、取り出した成分が細胞にどう働くかも試しました。

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