「オール沖縄」完全崩壊。玉城デニー「知事選14万票差の惨敗」が突きつける“結局イノチよりカネ”という残酷な現実

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9月13日投開票の沖縄県知事選挙は、自民党などが推薦する古謝玄太氏が過去最多得票で地滑り的勝利を収め、3選を目指した現職の玉城デニー知事は14万票超の大差で敗れました。2014年の翁長雄志氏の颯爽たる登場以来続いてきた「オール沖縄」の時代は、これで完全に幕を閉じたと言えるでしょう。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、著者でジャーナリストの高野孟さんが、この歴史的惨敗の背景にある本土政府の思惑と「中道」勢力の裏切り、そして沖縄が直面する絶望的な未来について論じています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです

プロフィール高野孟たかのはじめ

「中道」亡者の罪は余りに深い

96年9月結成の旧民主党は、そのちょうど1年前に沖縄で起きた「少女暴行事件」の衝撃の中から生まれたと言っても過言ではない。沖縄に駐留する米海兵隊員2人と海軍兵士1人がレンタカーを借りて12歳の女子小学生を海岸に拉致し、性的暴行を加え傷を負わせ、その場に打ち捨てた。県民の怒りは天を衝き、10月には大田知事を先頭に8万5000人が集結して抗議の声を挙げた。その光景を、遠くからではあるが我が事として見つめつつ政策の議論を進めた民主党は、日米安保条約がある間でも1日も早く基地負担を軽減し、海兵隊の海外移転を実現すべく、「常時駐留なき安保」を基本政策の1つに掲げたのだった。

今年1月に出来て、7カ月後には早くも壊れてしまった「中道改革連合」は、一応、その民主党の後継政党であるはずなのに、2月総選挙では沖縄2~4区で揃って候補を討ち死にさせ、今回の県知事選では玉城への推薦・支持を打ち出すことができなかったばかりか、公明党県本部が古謝の推薦に走るのを止めることもできなかった。「中道」が応援したところで、何万票にもならなかったに違いないが、しかしこの裏切り行為は歴史に刻まれ、多くの人々の記憶に残ることになるだろう。「中道」はすでに永田町で死んでいたが、念入りにも沖縄でもう一度死んだ。高市早苗首相の高笑いが聞こえてきそうである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2026年9月14日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録ください、初月無料です)

image by: Photo by Lance Cpl. Nicole Rogge, Public domain, via Wikimedia Commons

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