毛髪に刻まれていた「2800kmの巡礼」
インカ帝国では、選ばれた子どもや若者を聖なる山へ捧げる「カパコチャ」と呼ばれる国家儀礼が行われていました。
山々は「アプ」と呼ばれる力を持った聖なる存在とみなされ、犠牲となった子どもは死後、神々と地域社会をつなぐ仲介者になると信じられていたのです。
研究チームが調査したのは、セロ・エル・プロモ山で見つかった少年と、チリ北部のセロ・エスメラルダで発見された9~10歳の少女、18~19歳の若い女性です。
研究者たちは3人の毛髪を細かく区切り、炭素、窒素、硫黄、酸素、水素の安定同位体を分析しました。
髪の毛には、形成された時期の食事や飲み水に由来する安定同位体の情報が残ります。
研究では髪が1カ月に約1センチ伸びると仮定し、根元から毛先へさかのぼることで、死亡前の生活の変化を時系列で追いました。
分析の結果、エル・プロモの少年では、死亡前約18カ月の間に食事と生活環境が大きく変化していました。
特に約7カ月半前からは、飲み水の影響を受ける酸素と水素の同位体値が急に変わり、少年がチリ中央部へ到達したことと整合していました。
研究チームはこれらの変化から、少年がクスコからマイポ・マポチョ渓谷まで南下し、約9カ月かけて2600~2800キロを移動したと推定しています。
少年の足裏には、8~9歳としては目立つ角質の肥厚と色素の付着も残されていました。
長期間にわたって足に繰り返し負荷が加わった痕跡であり、長距離を歩いたという解釈を補強しています。
セロ・エスメラルダの少女も約5カ月、若い女性は約3カ月をかけ、それぞれ900~1200キロほど移動した可能性があります。
ただし、同位体分析は地図のように正確な道順を示すものではありません。
異なる食物や飲み水、乾燥度、標高の影響を受けた値が数カ月にわたって変化したことから、生態環境の異なる土地を継続的に移動したと判断されたのです。
旅の途中では、複数の個体でトウモロコシの摂取が増えた痕跡も確認されました。
さらに死亡前の最終段階には、異なる生活を送ってきた3人の同位体記録が近づいていました。
これは、街道沿いの宿泊・補給施設や地域共同体から、一定の形式に沿った食事を与えられていた可能性を示します。
カパコチャは山頂で行われる最後の犠牲だけではなく、数カ月にわたる移動と食事、沿道の人々の参加を含む長大な儀式だったのです。
では、犠牲となった子供たちはどのように亡くなったのでしょうか。






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