NHK『風、薫る』仲間由紀恵のセリフ「おばさんのフリがうまくなるだけ」…年を重ねる多くの視聴者から共感

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見上愛、上坂樹里がW主演を務める連続テレビ小説『風、薫る』。田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社、2023年)を原案としたオリジナル作品で、激動の明治、看護の世界に飛び込んだ二人の“トレインドナース”を描く本作。

第7週に始まった帝都医科大学附属病院での実習編を受け、第8週「夕映え」で大きな試練となる患者として登場するのが、和泉侯爵夫人・千佳子を演じる仲間由紀恵だ。

「生きたいと思うことは、恥ずかしいことではありません」千佳子が初めて吐いた弱音

千佳子は乳がんで帝都医大病院に入院してくる。がんは進行しており、乳房切除手術をしても助かる見込みは半分以下。医師たちは特別室で厚遇するが、千佳子は何もかも気に入らず、手術を受けずに退院すると言い出す。

看護の担当となったりん(見上愛)にも「女中なら足りてる」と取り付く島がない。検温も会話も拒絶。食事を問えば「なぜあなたにそんなこと?」、お通じについて尋ねれば「無礼者! 恥を知りなさい! 出てって!」。同僚たちと語り合うなかから「もし自分が患者だったら」と寄り添おうとしたりんは、かえって「気持ちがわかるなんて、たやすく言わないでちょうだい!」「思いあがらないで!」と逆鱗に触れてしまう。

常に着物も髪も綺麗に整え、昼間も床には入らず、広い特別室の隅の椅子にかけ、テーブルに向かって『源氏物語』を読む千佳子。脈をはかろうとするりんの手をはらい、体温計はそのまま女中に手渡してしまう。医師たちの頻繁な回診は病院の名誉のため千佳子を必死で引き止めようとするもので、千佳子の気持ちを汲もうともせず、見舞いに来る夫と息子には「ワガママ」「不機嫌」ととられるばかり。

窓の外をただ眺めて立ち尽くす後ろ姿から立ち上がるのは、武家の女としていかなる時も弱音を吐かず気丈に生きてきた人の佇まいだ。同じ場所に立ち、同じ方向を見てくれる者が一人もいなかったのだろう。ただでさえ広い特別室が、いっそう広く、寂しく見える。

そんな千佳子の固く閉ざした扉を、最初に押したのは「わかろうとしすぎない」言葉だった。直美(上坂樹里)に救われ、中庭で同僚たちと言葉を交わすうち、りんは気づく。家族や友人ではない自分が、患者の本当の気持ちをわかるはずがない。そう肚を決めたりんは、千佳子に伝える。「残念ながら私に奥様の本当のお気持ちはわかりません。看護婦見習いの他人です。ですから、ご家族のように気遣う必要もありません」。突き放すようでいて、看護婦としての立ち位置を引き受け直したこの言葉に、千佳子はようやく口を開いていく。

そこから語られるのは、祝言の日の夫の言葉だ。恥ずかしくて何も話せずにいる自分に、夫が「空が綺麗ですね」と言ってくれたこと。「空を綺麗だと言う人が夫で良かったと思った、よく覚えてる、こんな年になっても」。そして――「人って思ってるより変わらないものよ。子どもができたらもっと大人になると思っていた。その息子が一人立ちするころには、当たり前のようにおばさんに、おばあさんになると思っていたの。けれど、気持ちは変わらないのよ。大人のフリが、おばさんのフリがうまくなるだけで」。胸を失った自分で夫の隣にいるのが悲しくて、恥ずかしくて、それを口にするのも恥ずかしい――だったらいっそ何もせず、今のままの私で。

「死にたくない、生きたいと思うことは、恥ずかしいことではありません」。りんがそう返すと、千佳子は初めて弱音を吐く。「どうしてこんな意地悪な病がこの世にあるのかしら……どうして私が……」。武家の女と言いながら、少しも肚が決まらない、と。そんな千佳子を最終的に動かしていくのが、夫・元彦(谷田歩)の存在であり、そこに至るりんの働きかけだ。

“朝ドラ4作目”仲間由紀恵が演じてきたのは……

仲間由紀恵が華と気品で本作に持ち込んだのは、たんなる“難しい患者”像ではない。看護婦見習いたちに「看護とは何か」を否応なく問い直させる存在であり、りんにとっては避けて通れない試練そのものだ。

「人って思ってるより変わらないものよ」「大人のフリが、おばさんのフリがうまくなるだけ」――あの一節は、年を重ねる女性なら誰しもどこかで頷くだろう。仲間はそれを、声を張ることなく、むしろ気品をまとった姿勢のままで放つ。台詞ではなく、佇まいが先に語ってくる俳優だ。

仲間由紀恵が朝ドラに出演するのは、『天うらら』『花子とアン』『ちむどんどん』に続いて本作で4作目になる。

なかでも強烈な印象を残したのが、『花子とアン』(2014年度前期)の葉山蓮子だ。家の経済問題のため親の決めた九州の石炭王・嘉納伝助(吉田鋼太郎)と結婚させられた華族の娘で、やがて自分を家柄で見ない宮本龍一(中島歩)と出会い、命懸けの駆け落ちで“家”と“名前”を捨てる人物だった。

『ちむどんどん』(22年度前期)の比嘉優子は、ヒロイン・暢子(黒島結菜)の母であり、だらしなく借金を重ねる長男・賢秀(竜星涼)にばかり甘いと批判もされたが、それは沖縄という地域性と時代性のなかで、女性たちが背負わされてきた重さの裏返しでもあった。

家柄、嫁ぎ先、母としての立場――朝ドラのなかで仲間由紀恵が引き受けてきたのは、女性性をめぐる柵(しがらみ)や呪い、窮屈さと、それでもなお手放されない深い愛情である。千佳子もまた、その系譜にいる。「華族といってももとは武家、武家の女らしく潔く死にます」と言い切れてしまうほどに、自分の身を律する規範を背負った人。その規範ごと愛し、その規範ごと苦しんでいる人を、仲間は静かに、華のある姿で演じてみせる。

そして千佳子の心の奥に唯一触れていくのが、直美の言葉を借りれば「患者を怒らせ、笑わせ、心に触れる看護もできる」りんであり、もとは同じ武家の女だった、という符合も説得力がある。

自身ももとは武家の娘で、看護婦になることを母・美津(水野美紀)に「恥を知れ」と反対された――その武家の女としての誇りを誰よりも理解しているからこそ、りんは千佳子の矜持を頭ごなしに退けない。そして、それでもなお今は娘を応援してくれている母の存在を知っているからこそ、武家の女の規範の先に別の道がありうることも示せる。武家の女の誇りに敬意を払いつつ、その奥にもう一つの扉があると伝えること――そこに、千佳子の心に触れる鍵があった。

第8週、特別室のあの広さと寂しさは、これから何度でも思い出されるはずだ。

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