自責と後悔が止まらない。18年家族だった愛犬「どんべえ」を亡くした音楽ライターがペットロスに苦しんだ末に見つけたこと。

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音楽ライターの黒田隆憲さんは、柴犬の「どんべえ」を生後2ヵ月から飼い始め、2024年6月の看取りまで、18年間ともに過ごしてきた。エッセイ「きみがぼくになるまで 犬と家族になって一生を見届けた18年」(KADOKAWA)には、介護の様子や、深刻なペットロス、忘れたくない思い出にいたるまで詳細に綴られている。

黒田隆憲さんとどんべえ

Akari Nishi

黒田隆憲さんとどんべえ

自分用の健康記録から、ともに過ごした18年を綴る物語へ

―「きみがぼくになるまで 犬と家族になって一生を見届けた18年」は黒田さん個人のnoteから始まった一冊ですね。どのような経緯を経て書籍を出版するにいたったのでしょうか。

黒田隆憲さん(以下、黒田):noteを書き始めた頃は、どんべえは腎不全になりかけていたのと緑内障を発症したくらいで、命に別状があるほどではなかったんです。ただ、犬の健康状態を記録したアーカイブなどは検索してもなかなか見当たらなかったので、通院時の数値などをまとめておけば、同じように犬を飼っている人の参考になるかもと始めました。

そこから本格的な介護を経て、看取る最後の4日間くらいは、悲しいとかでは片付けられない状態でしたが、その時の気持ちを日記形式で残しておかなきゃいけないなとも思ったんです。いざ亡くなったら、出会った時のこととか、覚えていることは細かく書いていきたくなって。元々は自分のために記録を始めたものでしたが、量が溜まって「これは本にできるかも」とダメ元で出版社に持ちかけたら、今回担当してくれた編集者の方が受け入れてくれました。

どんべえ

黒田隆憲さん提供

どんべえ

気持ちが落ち着くことで、幸せな記憶も薄れていくことが怖かった

“もしその痛みから目をそらすなら、君は彼女とのすべての記憶を奪うことになる。最初の一歩から最後の笑顔まで──全部だ。痛みを受け入れろ、マーティン。痛みを受け入れるんだ。それが彼女を君のそばに留める唯一の方法だ。”

―冒頭に映画『ウィンド・リバー』のセリフを引用していますね。劇中では娘を亡くした父親に向けられた言葉ですが、全ての喪失に通じる言葉だと感じました。

黒田:メンタルクリニックで「時間が解決するしかないですよね」とありきたりなことを言われ、相談したことを後悔し「これならChatGPTに話した方がマシだ」と思ったことがありました(笑)。僕だって時が解決することは分かっているんですよ。それでも辛いものは辛いし、気持ちが落ち着いていくってことはどんべえの記憶も一緒になくなってしまうのかなって寂しさもあって、辛い記憶が薄れていくことに恐れもありました。一緒に介護をしてくれた身内に対しても、そんな自分の気持ちをうまく表すことができなくて行き詰っていました。

『ウィンド・リバー』の引用は、痛みを引き受けないまま感情を封じ込めたままでいると、全ての思い出を失ってしまうっていう意味のセリフです。受け入れる段階ごとの苦しみもあるし、イライラして両親や近しい人に感情をぶつけてしまったことはものすごく反省しているのですが、全て自分で引き受けながら、自分の中に馴染ませていく必要がありました。

黒田さんとどんべえ

黒田さん提供

黒田さんとどんべえ

書く行為が癒しになる。ドロドロした部分も正直に吐き出して

“亡くなった直後の、あの異様な高揚感はいったいなんだったのだろう。いまや、何かしらのスイッチが入ると堰を切ったように涙があふれ、ときには人目も憚らず嗚咽してしまうこともある。”

―カウンセリングや安定剤の服用など、メンタル面や感情の波も赤裸々に書いていますよね。

黒田:犬の手作りご飯や病気の対処、シニア犬の介護などテクニカルな部分は読者に向けてまとめたところもあるけれど、そのときに自分が考えたことや感じたことは、とにかく正直に書くことで伝わるんだろうなって思いました。

実はあまりに介護がきつくて、一度どんべえに身体的にあたってしまい、彼が亡くなった後もしばらく苦しんでいた時期があって、そのことを書くかどうかはすごく迷いました。自己憐憫と受け取られたくはないし、でも書かないことで、最後まで献身的に見守った飼い主のよう美談にもしたくなかったんです。

―綺麗ごとにはしたくなかったと。

黒田:同じ気持ちでも話すのと書くのでは結構違っていて、親しい友人にさえ対面では言えなかったこともあります。それが文章だと推敲して、どれだけ正直に書けているか見直すので時間もかかる分、気持ちも整理されていきます。すごくカッコ悪いことも書いているけど、ライターの矜持として嘘は書きたくなかったし、書く行為が介護中のストレス、亡くなった後の喪失感や悲しい気持ちを全部出す良いきっかけになりました。

晩年のどんべえ。日向ぼっこの途中

黒田さん提供

晩年のどんべえ。日向ぼっこの途中

―書く行為自体に効果があったんですね。同じようにストレスや喪失感を抱いている人にも書くことを勧めたいですか?

黒田:僕は本の形に着地しましたが、日記やSNSに数行から書くといった形でもいいと思います。

どんべえを見送った後に、家族や友人など近くにいる人たちがそれぞれの悲しみをどのように背負っていたかまでは分からなくて。自分が一番悲しんでいるのでは、なんて思ったこともあるけれど、そんなことは決してなくて、それぞれが抱えている喪失感って目には見えないし、普段言わないものなんですよね。だから、文章を書いて表に出すことは、人の気持ちに思いを馳せるとか、想像する気持ちの余裕も生み出すんじゃないかと思います。

どうせ後悔してしまうから、「できるだけ後悔しないように」

―いま振り返ってみて、悔いのない看取りができたと感じますか?

黒田:悔いがないということは多分ないんじゃないかな。ペットに限らず、家族を看取った人も、あの時ああしていればとか、もっと早めに気づいていたらとか、ほぼみんな経験すると思います。エリザベス・キューブラー=ロスという精神科医が説いた「死の受容の5段階プロセス」は、末期患者だけでなく大きな喪失を経験したすべての人の心のケアに応用されるプロセスですが、第2段階で「怒り」が出たり、第4段階で「抑うつ」や「後悔」の感情が強く現れたりすると言われているんです。

思考パターンはいくつかあり、典型的なのは「自責」や「後悔」の念。あんなに無理にご飯を食べさせなければ、もう2、3日生きられたんじゃないか。「ハンモックトレーニング」などと称して運動をさせなければ、心臓の負担も少なかったんじゃないか。

本当にそうなのかどうかもわからない、いまさら考えても仕方のないことを、そうやってうじうじと考え始め、止まらなくなる。

―「後悔のないように〇〇しよう」ってよく言われますが、365日毎日後悔しないように殊勝に生き続けるのはとても難しいし、ましてや介護や看取りを悔いなくできるのだろうかと思います。

黒田:もちろん後悔したくないけど、後悔しないなんてことはないと思います。それでも「後悔しないような道をなるべく選ぼう」と考えることがすごく大事なんだと思います、どうせ後悔してしまうから。やれるだけのことはやったつもりで、それでも後悔してしまうことが分かったから、後悔していることで苦しんでいる人がいたら「みんな後悔するのは当たり前、だからあなたが悪いわけじゃない」って伝えたいです。

どんべえ

黒田さん提供

どんべえ

命が消える瞬間に立ち会えるのは、とても悲しく、そして尊い

―また犬を迎えたいですか?それとも、今は思い出を大事にしたい時期でしょうか。

黒田:ペットロスを経験したから、もう次は無理だという人もいますが、僕はもう看取りは無理というわけではないです。実はどんべえを看取ってから5カ月ほどして、保護猫を預かる生活を始めて、うち1匹が我が家に来てから約3カ月で腎不全が急激に進んで亡くなったんです。腎臓が弱くなると、口の匂いが独特になることをどんべえの経験から知っていたので、強烈に記憶がフラッシュバックしたのはすごくキツかったです。だけど動物に限らず、命がなくなる瞬間に立ち会えるのって、悲しいと同時にすごく尊いことでもあって、貴重な体験をさせてもらっている実感はありました。

当分思い出に浸りたい…というわけではないですが、今のところまた犬を飼う予定はないですねただ、街で柴犬を見かけると触りたくて仕方なくて、実際に声をかけて触らせてもらって気を紛らわせています (笑)。

記憶を再現するテクノロジーはペットロスの救いになる?

―AIやVRで故人やペットを再現して喪失感に寄り添うサービスが拡大していますが、倫理的な観点も含めて賛否が分かれています。黒田さん個人はどう考えますか?

黒田:僕の場合はこうやってどんべえのことを一冊の本にまとめたり、フォトアルバムサービスを使って写真集を作ったり、いつかどんべえの毛ぐるみを作ろうと思って毛を残したりしているんですけど、その延長な気もしますね。やりたくて、お金があるなら依存しない範囲でやったらいいんじゃないかと思います。ただ、これは綺麗ごとになってしまうけど、僕は自分の中にいるどんべえを大事にしたくて、記憶をいつでも呼び出せるようにしたいんですよね。テクノロジーで何でもできるようになるかもしれないけど、自分の心の中に残っているどんべえには敵わないと思うので。

黒田さんとどんべえ

Akari Nishi

黒田さんとどんべえ

“たとえ目が覚めたときにひどく落ち込んでもいい。夢のなかで生きているどんべえに会いたい。あのもふもふとした毛に鼻を突っ込んで、その匂いを思いっきり嗅ぎたい。そう切実に願った。”

―夢や記憶もテクノロジーで操作できる未来もそう遠くなさそうですが、試したいですか?

黒田:僕が記憶しているどんべえが、そのまま走ったり動いたりしてくれるってことですよね。10数年前には「こんな未来はまだ来ないだろう」って思っていたような技術が普及する世界になっているから今後、あり得そうですよね。実現したら、ちょっと課金してみたい気もする…けど、入り浸ってしまって日常生活が送れなくなってしまいそうで怖いですね(笑)。

『きみがぼくになるまで 犬と家族になって一生を見届けた18年』(著:黒田隆憲、KADOKAWA)

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『きみがぼくになるまで 犬と家族になって一生を見届けた18年』(著:黒田隆憲、KADOKAWA)

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