『火山の下』(白水社) - 著者: マルカム・ラウリー - 陣野 俊史による書評

1 ヶ月前 22
火山の下
『火山の下』(白水社)著者:マルカム・ラウリー

元英国領事の甘美な24時間

いったいこれはどんな小説なのだろう? 悩む。だが読むのをやめられない。不思議な魅力だ。時は1938年11月2日。場所はメキシコのクエルナバカ。

ある男女がいる。ジェフリーとイヴォンヌ。ジェフリーはアルコール依存症。妄想癖もある。2人の身に何が起こるかといえば、詳しくはここに書けないのだが、最後の最後に到るまで、特に大きな出来事が起るというわけでもない。

描かれているのは、2人を取り巻く人々と彼らとの諍(いさか)いだ。酒を呷(あお)る。喧嘩(けんか)する。幻聴に悩まされる。また飲む。散歩する。尽きることなく議論する。描かれているのは、そんなことだ。語り手はどんどん交代する。章ごとに異なる。そして24時間が語られる。

そう、描かれているのはたったの1日だ。英国領事だった男の甘美な1日が長く語られる。思い出すのはアメリカのTVドラマ『24』だろう。だがジャック・バウアーがアメリカという巨大な国家を1人で背負っていたのと対照的に、この小説の登場人物たちは何も背負っていないようにみえる。小説の醍醐味(だいごみ)は膨大な細部にある。
【初出メディア】
日本経済新聞 2026年8月1日

http://www.nikkei.com/
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