正解はいらない。「生煮え」の問いに人は集まる。過去最高PVを達成したハフポスト編集長の思考プロセス

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ソーシャルメディアの普及や生成AIの急速な台頭によって、インターネット上に流れる情報の質と量は劇的に変化しました。そんな変化の激しいニュースメディアの最前線で、ローンチ13年を迎えた「ハフポスト日本版」は、月間PVで過去最高値を更新。「社会課題解決メディア」としての社会的インパクトと、持続可能なビジネスの両立を続けています。

今回、ハフポスト日本版編集長・泉谷由梨子にインタビューを実施。組織づくりの試み、プロの情報収集術、そしてAI時代における「生煮え」の価値まで、話を聞きました(インタビュー前編)。

編集長の二本柱は「社会的インパクトと売上の両立」

── まずは、普段のお仕事について教えてください。 

ハフポスト日本版編集長 泉谷由梨子(いずたに・ゆりこ):毎日新聞記者を経て、シンガポールの日系出版社でビジネス誌編集者として勤めた後、東南アジア各国からの女性移民労働者を支援するNGOで広報職員として勤務。2016年に帰国し、同年4月にハフポスト日本版に入社。ジェンダー平等の問題や働き方、子育て、男性育休などのテーマで、キャンペーン報道をリード。2021年6月より現職に就任。

ハフポスト日本版編集長 泉谷由梨子(いずたに・ゆりこ):毎日新聞記者を経て、シンガポールの日系出版社でビジネス誌編集者として勤めた後、東南アジア各国からの女性移民労働者を支援するNGOで広報職員として勤務。2016年に帰国し、同年4月にハフポスト日本版に入社。ジェンダー平等の問題や働き方、子育て、男性育休などのテーマで、キャンペーン報道をリード。2021年6月より現職に就任。

ハフポスト日本版のサイトと動画チャンネルの運営をしています。加えて、2026年からは「朝日新聞デジタルマガジン&編集部」の運営も兼務しています。

編集長の仕事は、大きく言うと二本柱。一つ目はメディアの方向性を決める仕事です。日々どのようなニュースを出すか判断することと、特集や企画の大きな方向性を決めるのも私の仕事です。

二つ目は、売上をつくる仕事です。ハフポストは基本的に広告モデルになっており、一番わかりやすい指標がページビュー(PV)です。ハフポスト日本版はローンチから13年経ちまして、2026年5月に月間で、過去最高PVを達成できました。

ハフポストは「社会課題解決メディア」を掲げており、社会的インパクトと、経済性や売上の両立を日々考えています。

脱「能力主義」のマネジメント術

── 編集部メンバーのマネジメントは、どのようにしていますか。参考にした書籍などはありますか?

5年前に編集長に就任してから、マネジメントの本をたくさん読んだのですが、転機になったのが、勅使川原真衣さんの『能力の生きづらさをほぐす』です。

能力主義という呪縛を解いて「いまいる人のよい部分をどう組み合わせて仕事を達成するか」という考え方が書かれています。 

編集会議の様子

編集会議の様子

ハフポストは元々、フラットな組織であることを大事にしてきました。ボトムアップでいろんな意見が上がってきたほうが、言論の多様性が生まれると考えていたんです。

ただ、「全員が同じ仕事を均等にする」組織の回し方だと、個人の得意分野を活かしきれていない、という実感がありました。例えば、取材が得意な人も、チームをまとめるのが得意な人もいます。

そこで、少しずつ組織の形を変えて、一部をチームにしたり、そこのマネジメントをする役割をつくったりして、それぞれの能力をパズルのように組み立てていきました。勅使川原さんの本に基づいて組織開発の考え方を取り入れていったことで、うまくいき始めた実感があります。

「正解」を教える時代から「考えるための素材」を届ける時代へ

── 編集長として膨大な情報を見続けてきて、いま何が一番変わったと感じていますか。

読者の求めるものが、変わってきたと感じています。ハフポストで5年ほど前に読者調査をした時は、「令和の時代に自分をアップデートするための情報がほしい」と答えてくださった方がすごく多かったんです。

当時は、「正解を間違えたくない」という気持ちが社会の中で高まっていた時代でした。具体的には、「ハラスメントをしないためにはどうすればいいか」、「どういう振る舞いをすれば令和の時代についていけるのか」といったことですね。

いまは、「正解が唯一無二ではなくなってきた時代」です。または、「正解は知っているけど、そこにたどり着くのが難しい」というフェーズに入りました。

例えば、SDGsや脱炭素、ジェンダー平等といった目標やビジョンをハフポストは掲げてきました。これらを目指そうという方向性は共有されていても、その道筋が難しいとみんなが感じている。

時代が進んできたからこそ直面している壁です。

そのため、いまは「考えるため、感じるための素材がほしい」というニーズが高まっていると感じています。つまり、完成された答えよりも、問いや試行錯誤、社会の構造を読み解くための情報を届けることが、メディアに求められています。

── 考える、感じるための素材として、最近どのような記事や企画がありましたか。 

「家族の問題では、なぜ被害者が責任を問われるのか」というテーマを扱ったインタビュー動画があります。これがよく視聴されているのは、「いま社会で何が起きているのか」を理解したいというニーズに応えているからだと思います。

企業の取材企画として、2025年に誕生した「BEHIND THE INNOVATION」も人気です。 

商品の裏側にある開発意図を聞いていくシリーズで、例えば、牛丼チェーン・吉野家のグループ企業が「ダチョウの美容液」を開発したという記事がすごく読まれました。牛丼チェーンのグループがダチョウを育てて美容液にするなんて、意外性の塊ですよね。

ですが、話を聞いてみると、主力事業である牛丼(牛肉)の調達が環境変化などで非常に危うい状態に晒されがちだという課題意識からスタートしているんです。そこから、家畜が排出する温室効果ガスをどう削減できるかというテーマに展開し、ダチョウ事業を通じて脱炭素に向かっていくという「思考過程」が見えてくる記事です。

イベントも人気で、2024〜2025年にはダイバーシティ&インクルージョンを目指す企業担当者の方をお呼びしてラウンドテーブルを開催しました。講演を聴くだけでなく、同じ職種の人たちが現場の悩みを共有し、学び合う勉強会の場として、非常に盛況でした。

プロの情報収集術と、小説こそが持つ「生煮え」情報の価値

── プロとしての情報収集術を教えてください。

まずは大前提として、新聞を毎朝読むことと、SNSのチェックですね。特にX(旧Twitter)は、「まだ声になる前の気持ち」が出てくる場所だと捉えています。

情報収集のポイントを挙げるなら、「見た時に『え、こんなの信じられない』と拒絶してしまわないこと」です。自分とは全然違う過激な意見でも、支持を集めているアカウントは排除せず、どんどんフォローしています。

「まだ言葉になっていない時代の予兆」をさらに先に捉えるという意味で、小説もよく読んでいます。小説こそが、究極の「生煮え」情報を持っていると思うんです。

売上やデータといった目に見える数字よりも手前にある、「誰かのモヤモヤ」や「ちょっとした違和感」をすくい上げて形にしているのが小説であり、文学です。

── 最近、どのような小説を読みましたか。

泉谷のお気に入りの本の一部

泉谷のお気に入りの本の一部

最近すごく面白いと思ったのは、凪良ゆうさんの『多類婚姻譚』という短編集です。いろんな立場の人の「結婚」にまつわる話が入っているのですが、絶望ではなく「正解があるだけでは人間は救われない」という現実を描いています。

朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』や麻布競馬場さんの『令和元年の人生ゲーム』も素晴らしかったです。これらの3作品に共通しているテーマは、「正解を与えられただけでは救われない先にある困難と、どう付き合っていくか」。実際にそうした時代のフェーズに差しかかっているからこそ、高く評価されているのでしょう。

AI時代の本質。「完成品」は消費され、「生煮え」には人が参加する

── フィクションの役割や、「生煮え」という言葉の意味について、考えを聞かせてください。 

フィクションの最大の特徴は、「正解を提示しない」こと。人間が複雑なまま描かれているからこそ、自分や他者を深く読み解く道具になるんです。全てを自分で体験することは不可能ですが、フィクションは圧倒的な解像度で未体験の世界を教えてくれます。「考える」前に「感じる」ことが、時代の一歩先を読む力になると信じています。

「生煮え」は、見る人や読む人が思考を入り込ませる「余白」がある状態です。完璧な情報からは、人間の温度が抜けてしまうという問題があって。「完成品」は、消費されて終わるものですが、「生煮え」は、読者が主体的に「参加するもの」です。

特にいま、AIの時代に入って、表面的な「完成品」の価値はどんどん下がっていますよね。AIを使えば、綺麗で整った外側や魅力的なキャンペーン案などは一瞬でつくれてしまいます。

だからこそ、その裏側にどんな人間がいて、どんな悩みや葛藤を抱えて試行錯誤しているのか、という「人間そのものの思考プロセス」に価値が移行しているんです。「生煮え」の情報だからこそ自分を重ね合わせることができるし、参加できます。

メディアとして、人が「自分もここに参加できる」「一緒に考えられる」と思えるような、余白のある情報を届けていくこと。それこそが、これからの時代に最も求められていることではないでしょうか。

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