岩手・花巻市のるんびにい美術館が問う、命の価値観と搾取なきビジネスの形。世界で躍進するヘラルボニーの原点

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フランス・パリに子会社を設立し、ヨーロッパでの大規模展覧会や、国際アートアワードを主催、世界的広告賞をいくつも受賞するなど、国際的に躍進するヘラルボニー。

主に知的障害のある作家とライセンス契約を結び、アート作品をデジタルデータ化して自社のIP(知的財産)として管理・展開する同社は、2018年に創業し、今も岩手県盛岡市に本社を構える。

世界に羽ばたく一方で、地元企業や地域社会とも深く連携するヘラルボニー。そのビジネスの原点は、同県花巻市にある「るんびにい美術館」にある。

るんびにい美術館と日本の福祉の課題

JR盛岡駅在来線コンコースでは、作家・生田梨奈子さんの「つながる風景」が飾られている

JR盛岡駅在来線コンコースでは、作家・生田梨奈子さんの「つながる風景」が飾られている

東北新幹線で盛岡市に降り立つと、早速ヘラルボニーの契約作家のアートが目に飛び込んでくる。街中のアートやラッピングバス、「HOTEL MAZARIUM」の客室やフロントなど、街の様々な場所で存在感を放っている。

百貨店「パルクアベニュー・カワトク」の1階にある旗艦店「ISAI PARK(イサイ・パーク)」は、ストア・ギャラリー・カフェを併設した文化発信地だ。アートを鑑賞しながら、岩手の食材にこだわった料理やお酒を楽しむことができ、時には音楽イベントも開催される。

るんびにい美術館は、そんな盛岡市内から車で1時間弱、花巻市の田園風景の中にある。向かいには、メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手や菊池雄星選手の母校・花巻東高校がある。

るんびにい美術館。大谷翔平選手の母校・花巻東高校のすぐ目の前だ

るんびにい美術館。大谷翔平選手の母校・花巻東高校のすぐ目の前だ

代表取締役Co-CEOの松田崇弥さんが、るんびにい美術館を訪れそのアートに感激したことがきっかけで、双子の兄の文登さんとともに地元・岩手で創業することを決めた。二人の兄の翔太さんは重度の知的障害を伴う自閉症で、崇弥さんと文登さんには「障害」のイメージを変えたいという強い気持ちがあった。

美術館を運営する社会福祉法人が設立したのは1960年代。その歴史を辿ると、日本の福祉が抱えてきた課題が見えてくる。

障害のある児童の入所施設として開園した当時、障害のある子どもたちが学校に通うには、非常に高いハードルがあった。同館アートディレクターの板垣崇志さんは「義務教育の免除という名の、実質的には『排除』が行われており、障害のある子どもたちが、家以外に学んだり遊んだりする居場所がありませんでした」と話す。

その後、グループホームや就労支援センターの運営を始め、2007年に現在のるんびにい美術館が開館。障害のある人たちが創作活動を行うアトリエやギャラリーのほか、就労支援としてカフェとベーカリーも備えており、地域の人々も気軽に立ち寄ることができる。

るんびにい美術館アートディレクターの板垣崇志さん

るんびにい美術館アートディレクターの板垣崇志さん

「命は平等ではない」という暗黙の価値観、どう変えるか 

花巻市出身の板垣さんは、東京の大学で神経心理学を学んだ後、県内の大学で美術を専攻。美術館開館にあたって中心的な役割を果たした。

「アール・ブリュット」とは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品のことを言い、知的障害や精神障害のある作家が描いた作品を指す場合もある。

るんびにい美術館に在籍する作家も、この「アール・ブリュット」として語られることもあるが、板垣さんはあえてその枠組みを取り払い、より根源的な「命に出会う美術館」であることを大事にしている。

「作家たちの内面世界が、絵という他者の目に触れる表現になることは、社会にとって極めて重要な意義を持ちます。

しかし、アートやアール・ブリュットに関心のある人の母集団を増やすだけでは、社会の根本的な変化にはつながりません。だからこそ、その枠組みを『命』にまで拡大し、人は制約にとらわれずどんな表現ができるか、その可能性を示す場所でありたい。

障害のある人を周縁へと追いやることで、生産性を高めようとする社会には、『命は平等ではない』という暗黙の価値観があります。そこにアプローチしないと分断は決して解消されません」

 どんな表現も受け入れる空間

1階のギャラリーでは作家の作品展を行っており、2階のアトリエでは、制作の様子を見学できる。 

アトリエに入ると、すぐに「こっち」と声をかけてくれたのが富澤富士子さんだ。富澤さんは、アトリエを訪れた人の顔をじっと見つめながら、色鉛筆を走らせる。それが無数に重なり合うことで、色とりどりの1枚の絵が完成するのだ。

富澤富士子さん

富澤富士子さん

アトリエを訪れた人の顔を色鉛筆で描く

アトリエを訪れた人の顔を色鉛筆で描く

千田恵理香さんは、他の作家の作品や、飾られた写真について丁寧にガイドしてくれた。自身は「さをり織り」(手本やルールはなく、手織機を使って好きなように織る織物)に取り組んでおり、手元には制作途中の黄色とピンクの色合いが綺麗な織物があった。

千田恵理香さん

千田恵理香さん

9月まで同館で特集展示が行われている高橋慶行さんは、小学生の頃から長年施設に通ってきた。表現方法はその時々で変わり、今は絵を描くのではなく、日々思い浮かぶ言葉をパソコンで入力している。この日も1階のギャラリーで握手を交わしたり、一緒に絵を見たりする一方、アトリエではパソコンに向かい、好きな曲や食堂のメニューなどを黙々と打ち込んでいた。

高橋慶行さん

高橋慶行さん

板垣さんがアートディレクターとして大切にするのは、「何を表現しても受け入れられる」という安心できる空間を作ることだ。

「施設を利用される方は、専門的な芸術教育を受けているわけではありません。そのため、初めはみんな迷いながら描き始めます。特に年齢が上の世代の方ほど、何かをやろうとした際に『ダメだ』と押さえつけられて育ってきた。だからこそ、まずは安心して創作に向き合える空間が必要です。使う画材もそれぞれ異なるため、その人の表現が一番ほとばしる画材を準備しています」

「作家ファースト」のマインド

こうして生み出されたアートの多くが、ヘラルボニーの製品となって世界に届けられている。ヘラルボニーでは自社ブランドでアパレルや原画を販売するほか、数々の企業と共創し、アートを使ったプロダクトやイベントを送り出してきた。

5月20日には、Google Pixel10周年を記念したコラボレーションモデル「Google Pixel 10a Isai Blue」をGoogleが発売。るんびにい美術館に在籍していた工藤みどりさん(2025年に逝去)ら、へラルボニーの契約作家3人のオリジナル壁紙が搭載されている。

ヘラルボニーとGoogleが共創した、Google Pixelの新機種「10a」のコラボレーションモデル「Isai Blue(イサイブルー)」

ヘラルボニーとGoogleが共創した、Google Pixelの新機種「10a」のコラボレーションモデル「Isai Blue(イサイブルー)」

「For Everyone」を掲げるGoogleとのコラボに、板垣さんはこう期待を寄せる。

「For Everyoneは、ユニバーサルやダイバーシティ、インクルージョンよりもっと踏み込んだ言葉です。社会も人も、特定の特性を持った人たちを排除するのが合理的で妥当なのだという価値観で進んできました。しかし、その出発点自体が間違えていたのではないか、その社会の前提を書き換えるんだという意識を持った2社のコラボは、大きなインパクトを与えると思います」

ヘラルボニーが企業との共創ビジネスを展開する上で、徹底していることがある。それは、どの案件でも必ず、「作家本人に同意を得る」ということだ。

「私たちとヘラルボニーが最初に結んだ約束は、著作者人格権(※)を作家本人が持ち、その意思を必ず確認するということでした。一般的なビジネスの意思決定の速度と比べれば、どうしてもスピードが落ちることもありますが、搾取を生まないためにはこれを死守する必要があります」

※「著作者人格権」:著作物を創作した著作者だけが享受できる人格権で、財産的な利益を保護する「著作権」とは別のもの。著作物の題号や内容を勝手に改変されない権利(同一性保持権)などが含まれる。

るんびにい美術館には「Isai Blue」に起用された工藤みどりさんの作品もある

るんびにい美術館には「Isai Blue」に起用された工藤みどりさんの作品もある

障害の特性によっては、意思疎通や確認に時間がかかる場合もある。そのため、企業側が求めるスケジュールでは進められず、実現しなかったプロジェクトもあるというが、それでもヘラルボニーにとっては、「作家ファースト」のこの考え方が今も揺るぎない指針となっている。

作家たちの活躍を受け、るんびにい美術館の来館者は増えているという。板垣さんはメディアの取り上げ方や社会の眼差しにも、変化を感じている。

「以前は『障害のある人のアート』というように、障害者というラベルを主語にして取り上げられることがほとんどでしたが、今は作家個人の名前が新聞の見出しになりました。障害のある人の創作活動は、奉仕活動や努力譚として消費されがちでしたが、今ではそうした語り口に違和感を抱く人々が増えているのだと思います」

(取材・文=若田悠希)

※ハフポストは招待を受け、現地の取材ツアーに参加しました。執筆・編集は独自に行っています。

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