吟遊詩人・バウルと出会い、「アートの価値を正当に扱う」インドに移住。音楽を通して世界とつながっていく

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「あなたはどうして海外へ?」     

世界100の国・地域で生きる100人の日本人にインタビューした『世界へ飛び出た100人の日本人』(おかけいじゅん著/集英社インターナショナル)。 

さまざまな思いをもって海外で生きる6人の女性のインタビューを、同著から一部抜粋、再構成してお届けします。

vol.3 音楽プロデューサー Noriko Shaktiさん(2012年からインドに居住し、現在はゴア在住) 

吟遊詩人・バウルと共演するNoriko Shaktiさん(右)
吟遊詩人・バウルと共演するNoriko Shaktiさん(右)

写真提供/Noriko Shaktiさん

古典打楽器タブラーを学びにインドへ留学 

━━Norikoさんは音楽プロデューサーをされていますが、音楽をはじめたのはいつからですか? 

小さいころからピアノや合唱をしていて、高校からはバンドをやりながらバイト代で買ったターンテーブルでDJをするようになりました。

当時はとくに電子音楽が好きで、社会人になってからもDJをしたり打ち込みで音楽をつくったりして、新宿や吉祥寺などのライブハウスやクラブでプレイしていました。 

━━そんななか、なぜインドへ渡ることになったのでしょう? 

インドの古典音楽の打楽器「タブラー」を習いはじめたのがきっかけですね。もともと90年代後半ごろから続くAsian Massive(電子音楽にアジアの伝統音楽を混ぜるムーブメント)に強く惹かれていて、2011年ごろに私もオリジナルの楽曲制作で古典音楽のリズムやノリを活かしてみたいと思ったんです。

そんなとき、インド大使館でインド人の先生がタブラーを教えてくれるコースを見つけて、申し込んでみました。その先生から「君は筋がいいからインドに行ってみたら」と言っていただけました。

それまではインドの音楽にはまったく触れていなかったんですが、ヨガや瞑想はやっていて、インドの文化全般に興味がありました。

そこで、その先生に教えていただいたインド政府による奨学金の試験を受けて合格し、コルカタの大学院でインド音楽を専攻することになりました。 

━━音楽留学ですね! 本場での学びはいかがでしたか? 

大学院では座学だけでなく実技も行なうんですが、周りの生徒は古典音楽一家の出身者などで、そのレベルについていくためには、長い時間集中し続ける「忍耐力」が不可欠でした。

最近はAIなどで簡単に音楽をつくる技術も広まっていますが、結局、身体を通して確かな音を生み出すという行為は時間がかかるもの。いかに楽器に向き合い続けられるか、いかに座ってタブラーを叩き続けられるか。

タブラーを極めている人たちは、1日10時間練習するのが当たり前です。「忍耐力」を持って向き合い続けることで初めて、音楽の世界に入り込むことができるんだと、身体を通して学ぶことができました。 

━━お話を聞いていると、まるで瞑想のようですね。 

まさしくそうです。瞑想は「いまここに存在している」実感を得る行為でもありますが、まさにタブラーはそれを実感させてくれる楽器でした。

はじめたころは数時間座って叩き続けるなんて、全然できませんでした。足腰も痛くなるし、手からは血が出てきます。でも、それを続けられるようになって、初めて到達できる感覚がありました。

演奏家や音楽プロデューサーなど、音楽をつくる側の人たちはみんなこのラインを越えた世界にいるんじゃないかと思うようになりましたね。

結局、生の楽器を前にしても、パソコンを前にしても、その場で音楽に集中し続けられなければ、曲なんてつくれませんからね。

タブラーとDJをミックスした演奏の様子
タブラーとDJをミックスした演奏の様子

写真提供/Noriko Shaktiさん

吟遊詩人・バウルとの出会い

━━音楽留学だけでなく、移住に至った理由とは?  

留学中にバウル(吟遊詩人)の歌い手と出会ったのが第一のきっかけですね。バウルとは、主にベンガル地方で吟遊詩人として楽器を演奏したり歌ったりしながら旅をして一生を過ごす人です。

2017年ごろ、デリーで活動をしていた一人のバウルの歌い手と出会い、共演して仲良くなりました。そして2019年末、当時はゴアを拠点にしていた彼から「ゴアはおもしろいからおいでよ」と誘われたんです。

ちょうど私もなんとか博士論文を書き上げた時期だったので、遊びに行きました。ゴアに滞在して、彼とタブラーで共演しながら音楽活動を続けていたのですが、そこでコロナ禍が起きたんです。

もともと博士課程が修了したら日本に帰るつもりでしたが、ロックダウンもあり、インドからしばらく動けなくなってしまいました。 

━━ロックダウン解除後、日本に帰ろうとは思わなかった? 

解除後、ゴアはわりとすぐ以前の生活を取り戻しつつありました。一方の日本は海外帰りの人々が日常生活に戻るには隔離期間などが必要で、肩身が狭そうに感じたんです。

それで、しばらくは落ち着いて生活できそうなゴアに留まりました。そんなとき、ちょうど日本の国際交流基金主催でコンテンポラリーダンスのオンライン公演があり、その音楽を制作・提供するなど、さまざまな仕事の依頼が入りはじめました。それならと、そのままインドに移住することにしたんです。

「アートの価値を正当に扱う」価値観 

━━現在はどんなお仕事をされているのでしょうか? 

ゴアを拠点に、インドやアジア各地でライブパフォーマンスとDJの活動をしています。

アメリカ、イギリス、ドイツ、インド、日本のレーベルから楽曲をリリースしており、グラミー賞を獲得したエンジニアにマスタリングしてもらった作品もあります。

また、映画や広告の音楽も制作しています。2025年はインドの伝説的なラッパー・Apache Indianをプロデュースした楽曲をリリースしました。ドイツのレーベルからは、私のタブラー演奏とボーカルをモチーフにしたディープハウス作品、イギリスのレーベルからは、UKジャングル/ドラムンベース界の象徴的存在であるGeneral Levyを迎えた楽曲を発表し、ジャンルを横断して活動しています。

音楽制作以外にも、ゴアの音楽スクールでDJや楽曲制作を教えたり、インドの大学で講義を行なっています。最近では、日本の大学でも異文化コミュニケーションをテーマにした講義を担当するなど、教育分野での活動も広がっていますね。 

━━インドと日本の音楽業界の文化的な違いは感じますか? 

日本と比べて、インドはアートやカルチャーへのリスペクトが強いと思いますね。ダンスにしろ音楽にしろ、本気でやっている人が報われやすい土壌があるように感じます。

わかりやすく言うと、「ちゃんとお金になる」。日本ではそれなりにキャリアのある音楽家ですら報酬が出ない形で演奏することがいまだにありますが、インドはそうしたケースが非常に少ない。

アートの価値を正当に扱う価値観が浸透しているんです。もちろん、それは国の経済と無関係ではありません。

インドは若い人が多く、経済成長が続いているので、クラブイベントでも日本と比べてたくさんお金を落としていく人が多い。そのため、主催者もアーティストにしっかりお金を払うことができるんです。

口説き文句は、牛自慢? 

━━インド生活で驚いたことはありますか? 

たくさんあります。最近驚いたのが、生きた牛を3万ルピー(2025年12月時点で約5万円)くらいで買えることですね。 

━━安い! でも、一般人が牛を買ってどうするんですか? 

こちらでは牛は立派な資産なんですよ。しかも、投資回収もできる。牛乳はイメージしやすいですが、糞は肥料や家の壁の材料にできて、健康のためにオシッコを飲む人もいます。

ヒンドゥー教では牛は聖なる動物なので食べられませんが、インドは地域によって食文化が違い、キリスト教徒やムスリムは牛肉を食べます。

つまり、最終的には食用として売れる。しっかりとリターンが期待できる立派なビジネスなんです(笑)。 

━━それなら、牛が社会的なステータスになりそうですね。 

そうなんです。日本で「アパート○棟持ってる」みたいな感じで、田舎では「牛を○頭持ってる」っていうのが自慢になります。

実際に昔、インド人男性にナンパされたとき「うちには牛が20頭いてさ…」と言ってきて、当時は「なんでナンパ中に牛の話をするんだろう?」と疑問に思っていたんですが、最近になって、つまりそれは牛や家畜を何十頭も飼える広い土地と、人を雇ってそれを管理できるだけの余裕があるというステータス自慢だったと気づきました(笑)。 

━━事情を知らない人にはシュール過ぎる口説き文句ですね。 

これだけ経済発展を続ける国で、いまだに牛を飼う選択肢がある。このコントラストがおもしろいなと思いますね。 

インドのフロアを盛り上げるShaktiさん
インドのフロアを盛り上げるShaktiさん

写真提供/Noriko Shaktiさん

音楽を通して日本・世界とつながっていく 

━━今後のご活動について教えてください。 

偶然のめぐり合わせからインドで音楽活動をするようになりましたが、今後はインドから日本、あるいは世界との架け橋になるような仕事をしていきたいと思っています。

日本とインドの大学や教育機関での講義やワークショップを通して、世界の見方が変わるような異文化コミュニケーション、創作のプロセス、海外で自分の人生を自由にデザインする方法など、私自身が経験しながら学んできたことを次の世代に伝えていきたいですね。

オンライン講座なども準備していますので、興味のある方はぜひつながっていただけたらうれしいです。 

(文/おか けいじゅん 写真提供/Noriko Shaktiさん)

世界へ飛び出た100人の日本人(集英社インターナショナル) 

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世界で生きる日本人100名にインタビュー。北欧の建築家、インドの映画監督、小泉八雲の子孫、メキシコでバズった無職、パリのタトゥーアーティスト、ガーナのからあげ屋さん、ゴミを拾うウルトラマン、日本文学を広める編集者、カリブのDJ、内戦下の日本語教師、東南アジアで売れたお笑い芸人、東欧の空手家、牛糞アートの伝道者……百人百様の海外生活のリアルを収録。

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