内野転向で“地獄”「死ぬかと思った」 定位置奪えず1年で外野戻るも…思わぬ副産物

2 ヶ月前 11
元中日外野手の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は、公式戦で三塁と二塁を守った年が1シーズンだけある。3年目の1981年で、キャンプから内野手に挑戦していた。1980年限りで2代目ミスタードラゴンズと呼ばれ、華麗な二塁守備で知られた高木守道氏が現役を引退。その“後釜二塁手候補”となり、1軍作戦守備コーチに就任した高木氏に鍛えられたが「死ぬかと思った」とポツリ。まさに“地獄”だったという。
記事全体を読む