『京都ALS患者嘱託殺人事件』を観た

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昨年6月、れいわ新選組の参議院議員として活動してきた舩後靖彦議員が引退を発表した。

2019年、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で全身麻痺、人工呼吸器をつけた舩後さんが国会議員となったことは世界的なニュースとなった。そうして昨年、無事に6年の任期を全うしたというわけである。

舩後さんが国会議員になったことにより国会はハード面、ソフト面でも大きくバリアフリー化。文科委員会所属の舩後さんは多くの難病者、障害者の声を国会に届け、インクルーシブ教育などについての国会質問を重ねた。

全身が動かない難病で、自発呼吸もできない人が国会議員になる。その光景が実現するまで、誰も考え付かなかったようなことだろう。

しかし、以前からALSの人たちが自分で会社を立ち上げたり、かろうじて動く指先でパソコンを操って経営者として働いたり、DJとして活躍したり、人によっては飛行機で世界各国を周り、そのような実態を伝えて世界中の人たちを驚かせたりということを知っていた私にとって、「実現可能性のある奇跡」だった。

ちなみに私にそんな世界を教えてくれたのは、自身の母親がALSに罹患、その介護の日々を描いた著書『逝かない身体 ALS的日常を生きる』が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した川口有美子さん。

彼女をきっかけに出会うALS患者は、いつも周りに学生ボランティアなど多くの人がいて、身体が動かなくても、呼吸器をつけても自分らしく生きられることを全身全霊で発信しているような人たちだった。

そんな人たちとの出会いによって、私は世界が反転するような衝撃を受けた。

それまでの私は、老いることや病気になることが怖くて仕方なかった。そこにはマイナスしかないと思ってた。

だけどどうしたことだろう。川口さんに誘われて行く障害者・難病者の集まりにいる当事者たちは、時に不謹慎にも思える病気ネタのギャグを連発したりして底抜けに明るいではないか。

そんな人たちが生きるためにあらゆる制度を勝ち取り、難関を突破していく姿ははちゃめちゃにカッコいいものだった。そうして、気付かされた。世の中にはこれほどの社会資源があり、そんなコミュニティにつながり、知識と情報さえあれば怖いものなどないではないかと。

思えば舩後さんも、議員になる前は福祉サービス業の会社の副社長をつとめつつ地元の選挙に立候補。また本やCDも出すという、非常にアクティブな当事者だった。そういう人を多く知っていたからこそ、「選挙に立候補する」「国会議員になる」ということは、私にとって突拍子のないことではなかった。

しかし、そんな当事者は当然ながら全然「当たり前」ではない。ALSという病の苦悩を改めて突きつけられたのは、19年11月に起きたある事件。

京都でALSを患う林優里さん(51歳)が亡くなった事件だ。20年、林さんに依頼されて薬物を投与し殺害したとして逮捕されたのは、二人の医師。主犯の大久保医師と林さんが出会ったのはSNSで、彼女が「安楽死」を望む言葉を投稿していたことがきっかけだった。大久保医師らは事前に130万円を受け取り、殺害は、初めての対面からわずか15分で決行されていた。

事件当時、大久保医師が過去に『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術』というタイトルの電子書籍を出版していたことなどから、おどろおどろしい犯人像を覚えている人もいるだろう。

そんな大久保医師には25年、懲役18年が確定したのだが、最近、この事件についてのドキュメンタリー映画を観た。それは『京都ALS患者嘱託殺人事件』。

監督は、和歌山毒物カレー事件のドキュメンタリー『マミー』を撮った二村真弘氏だ。

映画には、林さんの父親や大久保医師の母親、そして難病の当事者などが登場する。そうして亡くなった林さんと大久保医師が事件直前まで交わしたダイレクトメッセージが、何度も画面に映し出される。

DMのやり取りとTwitter(現・X)やブログへの投稿から、彼女の日々が浮かび上がる。

林さんは眼球のみが動かせる状態で、24時間介助が必要だった。

重度訪問介護制度を利用して介助を受けて生活するが、慢性的な人手不足により、17もの介護事業所から細切れでいろいろなヘルパーが介助に入るという生活が続いていたようだ。同性介助を望んでも、男性ヘルパーしかいないこともある。動けない、話せない彼女は、時に雑に扱われても何もできない。

「家族が居れば監視の目があるが、なんせ1対1なもんで。そんな時が一番死にたくなる。人の手を借りないと指一本動かせない自分がみじめでたまらなくなる」

彼女がブログに書いた言葉だ。

バブル世代の林さんは海外留学も経験し、ニューヨークで仕事をしていた時期もあるほどアクティブな女性だった。そんな彼女だからこそ、多くのものを奪われる病は耐えがたいものだったろう。

そんな林さんは、私が「ALSになったらこうしよう」と思っていたことをかなり実践していた。

例えば家族に介護されると密室になり、虐待などが起こりやすくなる。だからこそ、「家族介護より他人介護」がいいとされる。

その視点から見ると、彼女の環境は、条件的には相当「いい」ものだったように思う。何しろ一人暮らしをし、しかも24時間ヘルパーを入れていたのだ。家族だけに介護されている閉じた環境だったり、ヘルパーが24時間つかなかったりするよりはずっといい上、さまざまな社会資源についても詳しく知っていたことがうかがえる。 

しかし、慢性的なヘルパー不足が彼女を追い詰めていく。

嘱託殺人というセンセーショナルな最期ばかりが注目される事件だが、この映画には、必死で生きようともがいた林さんの軌跡も記録されていた。

また大久保医師の印象も、私の中でかなり変わった。初めて知ることが、たくさんあった。

そう書きつつ、私の中で、まだこの映画はうまく着地していない。だからこそ、あと何回かは観たいと思うし、観た人の感想も聞いてみたい。

『京都ALS患者嘱託殺人事件』は、10月31日より、全国順次公開される。

(2026年10月21日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『第779回:『京都ALS患者嘱託殺人事件』を観た。の巻(雨宮処凛)』より転載)

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