テルアビブ(CNN) イスラエルの中道野党ヤシャルの党首ガディ・アイゼンコット氏(66)が27日の総選挙で持つ強みの一つは、単純かつ否定しようのない事実にある。それはネタニヤフ首相ではないということだ。同国史上最も重要な選挙の部類に入る今回の選挙で投票する多くの人々にとっては、それだけで十分かもしれない。
しかし、アイゼンコット氏が持つもう一つの強みは、政治的大論争の的となった。ネタニヤフ氏の代弁者と広くみなされている著名テレビ司会者のイノン・マガル氏が、ネタニヤフ氏最大のライバルであるアイゼンコット氏を激しく非難したのだ。マガル氏は人種差別をあおる一連の発言の中で、同氏を「アシュケナジム(東欧系ユダヤ人)のエリート層」に操られる「ミズラヒ(中東・北アフリカ地域にルーツをもつユダヤ人)でモロッコ系」の「サル」と呼んだ。
この発言は、欧州出身のユダヤ人と中東出身のユダヤ人の間に長年存在する不平等の問題に火を付け、政界やメディアで大きな論争を巻き起こした。マガル氏は後に、アイゼンコット氏の民族的出自をあざける意図はなかったと主張。背後から操られる表向きの人物を意味する裏社会の言葉を使っただけだと釈明した。謝罪しないことで知られるネタニヤフ氏でさえ、この発言を非難した。
それでも、この騒動によってアイゼンコット氏の家系には注目が集まった。
長年、ミズラヒの有権者の多くはネタニヤフ氏率いる右派政党リクードを支持してきた。モロッコ移民の息子で、イスラエル軍の参謀総長に上りつめたアイゼンコット氏は、政治権力の中心地から離れて育った。その生い立ちは、権力の中枢であるエルサレムのエリート層として育ったネタニヤフ氏とは対照的だ。
アイゼンコット氏が自身の民族的出自に言及することはほとんどないが、専門家らは、それが同氏の魅力の一部になっているとみている。1年前の世論調査では支持率が1桁台だったにもかかわらず、今では27日の投票でネタニヤフ氏を退陣に追い込みうる野党最有力候補に浮上した。アイゼンコット氏が勝利すれば、イスラエル史上初めてミズラヒの首相が誕生することとなる。
ガディ・アイゼンコット氏とは何者なのか?
アイゼンコット氏は人生の大半をイスラエル国防軍(IDF)で過ごしており、政界入りしたのは比較的最近のことだ。
1978年にゴラニ旅団に入隊。40年にわたる軍歴を通じて昇進を重ね、2015年から19年までネタニヤフ政権下で参謀総長を務めた。
在任中の16年には近年のイスラエル軍史上、特に物議を醸した事件の一つが起きた。軍曹がパレスチナ自治区ヨルダン川西岸のヘブロンで負傷したパレスチナ人襲撃犯を射殺したことを受け、アイゼンコット氏はネタニヤフ氏を含む右派政治家からの圧力にもかかわらず、軍による捜査と裁判を支持。軍の規律と倫理を守るためだと説明した。
22年には、同じく参謀総長を務めたベニー・ガンツ氏とともに政界入りした。翌年10月7日にイスラム組織ハマスが主導した奇襲が起きると、両氏はネタニヤフ氏の緊急戦時内閣に加わったが、戦後の明確な戦略がないことを理由に24年6月に離脱した。
その時点で、戦闘はすでにアイゼンコット氏の家族に大きな犠牲を強いていた。末息子のガルさん(当時25)は戦闘開始から2カ月後の23年12月、パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘で死亡した。おい2人も戦闘で命を落とした。
アイゼンコット氏は今年4月、イスラエル紙に、ガルさんやその友人たちが払った犠牲を無駄にしないと墓前で誓ったと寄稿した。この誓いこそが自身の政治的使命の中心にあるという。

3 時間前
1








English (US) ·
Japanese (JP) ·