「なぜ、あの家だけ壁がきれいなんだ」行き詰まった殺人事件の捜査を動かした“刑事の勘”。元捜査1課が明かす

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「実に非論理的だ」ーー。

刑事の内海薫(柴咲コウ)が「刑事の勘」を口にすると、天才物理学者・湯川学(福山雅治)はそう返す。

ドラマ「ガリレオ」(原作・東野圭吾)で描かれたやりとりだ。「現象には必ず理由がある」が信条の湯川にとって、理由を説明できない“勘”は、およそ信じるに値しないものなのだろう。

だが、実際の捜査現場に長く身を置いた人の見方は少し違う。

元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さんは、「刑事の勘で組織が動くことは、絶対にない。でも、勘はものすごく重要なもの」と語る。

長く行き詰まった殺人事件を動かしたのも、ある“伝説の刑事”が抱いた「何かおかしい」という感覚だったという。

(聞き手・相本啓太 / ハフポスト日本版)

「ガリレオ」の映画第3弾となった「沈黙のパレード」
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「刑事の勘」実はものすごく重要

——ドラマで「刑事の勘」というセリフをよく耳にします。実際に「勘」で捜査が行われることはあるのでしょうか。

結論から言えば、「刑事の勘」で警察組織が動くことは絶対にありません。犯人の逮捕には、当然ながら証拠が必要です。

ただ一方で、刑事の勘は「ものすごく重要」なものでもあります。

「刑事に相棒はいるのか」というテーマでもお話ししましたが、聞き込みでは、一人の刑事が相手に話を聞き、その横で相棒の刑事が相手の様子をじっと観察します。

そこで「目が泳いでいるから怪しい」「嘘をつく時に鼻をかく癖がある」といった気づきが生まれる。これも言ってみれば、刑事の勘です。

実際の現場でも、刑事の勘がきっかけとなって犯人逮捕に結びついた事例はいくらでもあります。

元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さん
元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さん

Keita Aimoto / HuffPost Japan

勘が捜査の優先順位を決める

——「刑事の勘」はどのような場面で生きてくるのでしょうか。

捜査の優先順位を決める場面で大きく効いてきます。

警部補(主任)だった頃、捜査対象者が100人近くにのぼる事件に関わりました。私が担当した「鑑」(関係者の洗い出し)だけでも、約50人です。

一人ずつ精査していては、何年もかかってしまう。そこでまず、全員に「直当たり」をしてざっくりと感触をつかみ、怪しい人物を深掘りしていくことになりました。

当たった後、捜査を指揮する上司から「どうだ?」と聞かれます。それに対し、自分の感触をもとに「言い方が少し引っかかるので、掘り下げます」などと報告します。

そうやって対象者に濃淡をつけ、捜査の優先順位を決めていくのです。

繰り返しますが、「俺の勘では黒だ(容疑が濃厚だ)」と言うだけでは、組織は動きません。組織を動かすには裏付けが必要です。

自分の勘が引っかかるなら、さらに深掘りして「こんな怪しい情報が出てきた」と示す。そこで初めて「よし、この線も調べてみよう」となるわけです。

昔、まさにそれをやってのけた刑事がいました。今も“伝説の刑事”として語り継がれています。

インタビューに応じる元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さん(左)。聞き手はハフポスト日本版の相本啓太記者(右)
インタビューに応じる元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さん(左)。聞き手はハフポスト日本版の相本啓太記者(右)

Sumireko Tomita/ HuffPost Japan

捜1バッジの番号は「1桁」伝説の刑事

——その“伝説の刑事”とは、どのような人だったのでしょうか。

警視庁捜査1課の大先輩です。

捜査1課の刑事は、金色の文字で「S1S」(Search 1 Select)と刻印されたバッジを左胸につけています。バッジは一つずつシリアルナンバーで管理されており、その大先輩のナンバーは「1桁」でした。

つまり、導入当時(1978年)から捜査1課にいたということです。私はというと、4桁です。大先輩から見れば“ひよっこ”だったのでしょう。退職された後も、「最近の1課員はちゃんとやってるのか」とよく“気合い”を入れられたものです。

話を戻しましょう。その大先輩が、刑事の勘をもとに解決した事件があります。

昔、ある民家で、女性が性的暴行を受けた上に殺害される事件が起きました。

現場のテーブルには、二つのお茶が置かれていました。一つは被害女性のもの。もう一つは誰のものか分かりませんが、犯人のものである可能性が高いと考えられました。

この手の捜査はまず、被害者と面識のない通りすがりの犯行、いわゆる「流し」なのか、そうでないのかを見極めることから始まります。

捜査の方向性を決める大きな分かれ道ですが、当時は防犯カメラもない時代だったため、現場の状況から判断するしかなかったそうです。

ここでの判断も、言ってしまえば「刑事の勘」なのかもしれませんが、この事件では「流しではない」という見立てのもと、犯人の行方を追うことになりました。

警視庁
警視庁

Keita Aimoto / HuffPost Japan

「現場の民家だけ壁がきれいだった」

——その後、捜査はどう進んだのでしょうか。

「現場百遍」という言葉があります。私もその大先輩から「答えは現場にある。証拠の宝庫なんだ」と教わりました。

自治会など情報が集まる場所で聞く「点」、犯人が逃走したルートに沿って聞く「線」、しらみつぶしに当たる「面」。この「点・線・面」の聞き込みが重要なんだ、と。

この事件でも、捜査員たちは現場で「点・線・面」の聞き込みを重ねたはずです。それでも、犯人の足取りはなかなかつかめなかった。

1カ月、3カ月、半年……。時間ばかりが過ぎ、「お宮入り(未解決)になるかもしれない」と、捜査員にも焦りが見え始めていました。

大先輩は、捜査本部で指揮をとる管理官という立場でしたが、その頃はほとんど毎日、現場に足を運んでいたそうです。それでも見えてくるものがない。

ならば視点を変えてみようーー。大先輩は、現場から少し離れた丘に登ったといいます。

そこから見下ろしたとき、事件のあった民家の壁だけが、きれいな色をしていることに気づいたのです。

「周囲の民家は同じ時期に建てられた建売住宅なのに、現場の家だけ壁の色が違う」。現場を近くから見ているだけでは、分からないことでした。

大先輩は警察署に戻った後、捜査本部の刑事に「なぜ、あの家だけ壁の色がきれいなんだ」と尋ねました。調べさせると、現場の民家は壁を塗り替えていたことが判明しました。

しかし、その塗り替えを請け負った業者には、まだ誰も当たっていませんでした。業者に話を聞くと、事件後に会社を辞めた男の存在が浮かび上がります。

さらに深掘りすると、その男には性犯罪の前科がありました。行き詰まっていた捜査はここから一気に動き出し、裏付け捜査を経て、男は逮捕されました。

犯人の男は、壁の塗り替え工事から1年後、突然その家を訪問したそうです。被害女性は、工事をしてくれた人だと思い出し、お礼にお茶を出そうと男を家に上げた。そこで、事件は起きてしまいました。

これも、「刑事の勘」から事件が解決に至った一つの例です。

イメージ
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JAPANSKYLINE via Getty Images

刑事の勘は「感触」

——「刑事の勘」というのは「違和感」に近いのかもしれませんね。

「刑事の勘」と言うと、当てずっぽうのように聞こえるかもしれません。でも実際は、「感触」と言った方が近い。なんとなく気になる、何かがおかしい……。そういう感触です。

刑事同士の間でも、勘はよく話題にのぼります。「あの人物はおかしい」「聞き方が足りないんじゃないか」ーー。そこから、実際に調べてみようという展開になる。

現場には、ただ行けばいいというものではありません。近くで見る、離れて見る、上から見る。それだけで見え方が変わります。

大先輩も、同じ時期に建った建売住宅なら、壁も同じように古びているはずだと考えた。だから、一軒だけきれいなのが引っかかったのでしょう。

経験の中で身についた「普通はこうだ」という物差しと、目の前の現場が食い違った。そのズレに気づいたということです。

刑事の勘は、一見「非論理的」に見えるかもしれません。でもそれは、積み重ねた経験が「感触」として表れたものなのだと思います。

◆副島雅彦さんプロフィール

福岡市生まれ。1985年、警視庁に入庁。刑事警察に25年携わり、うち16年は殺人や強盗などの凶悪犯罪を扱う捜査1課に在籍した。

警視としては、警察署の刑事組織犯罪対策課長や、知能犯を担当する本部捜査2課の管理官を歴任。

2016年から捜査1課管理官(殺人・庶務)。2019年から捜査1課ナンバー2の理事官として、捜査1課長を支えた。

2020年に退職。

これまでに、「ルーシー・ブラックマンさん失踪事件」や「船戸結愛ちゃん虐待死事件」など、数多くの重大事件の捜査に携わってきた。

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